当時は土地の評価が高く、「物納」が有利だったが…
今回のケースでは、相続に精通した税理士なら、迷わず物納を選んだはずでした。今は物納の要件が厳しくなってなかなか使いづらい制度になったといわれていますが、当時は少し相続の経験がある税理士なら必ず使う手法でした。
現金の代わりに株式や不動産などを現物で納税することを物納といいますが、Aさん一族のような土地持ちは相続発生時の不動産評価が高く、申告までの10カ月の間に評価が下落していくような時期であれば物納したほうが有利だったのです。なぜなら、納税額が過大であるうえに市場での売却価額が相続税評価額を下回る土地を、物納によって処理できるというメリットがあったからです。
複数所有している土地の中には、いびつな形をしていたり道路が狭かったり広大すぎて使い勝手が悪かったりする土地が1つや2つはあるものです。そのような土地でも一定の基準を満たしていれば、物納することは可能です。
ところが、Aさんが付き合いの長い顧問税理士に相続の相談をしたところ、その税理士は物納を選択しないどころか、一生懸命資産の評価だけは税務署に聞きながら10カ月かけて行いましたが、いざ終盤の納税の話になると、アドバイスもなく納付書を渡しただけでした。物納する場合は相続税の申告期限内にその旨を税務署に申請しておかなければならないのですが、この顧問税理士は初めからそれをしていませんでした。
この顧問税理士は、評価するだけで申告期限ギリギリまで引っ張ってしまうくらいですから、そもそも物納のやり方を知らなかったのかもしれませんが、知っていて「これらの土地は物納にふさわしくない」と勝手に判断して却下したのか、物納は手間がかかって面倒くさいと思って敬遠してしまったのか、実際のところはよくわかりません。
いずれにしてもその顧問税理士は最良の手段である物納を選択することができず、また、相続人に伝えることもしませんでした。
相続税の本税と延滞税を支払うため、大切な屋敷を売却
この顧問税理士のおかげで、Aさん兄弟は多額の相続税を丸かぶりする羽目になったのです。しかし、当然、納税資金は持ち合わせていません。こういう場合、相続税を分割して支払う延納を選択しますが、利子税などもかかるので納税額はさらに増えてしまいます。いよいよ首が回らなくなり破産寸前という段になって、人づてに私に「どうにかならないか」と相談が持ち込まれたのです。
しかし、当時臨時で認められていた再度の物納申請の期限もすでに過ぎており、残念ながら手続きとしては、ただ最後のあがきのように大急ぎで土地の評価を見直して税務署に時効ギリギリに駆け込んで説明し、平身低頭のお願いをして評価額を下げてもらうことしかできませんでした。それは相続税の総額からしてみたら焼け石に水のようなもので、たいした力添えもできず、とても後味の悪い事案となってしまいました。
後から風の便りで聞いたところでは、時価が下落している中で、相続税の本税と延滞税がどんどん膨らんで行くことにいたたまれず、Aさんは、全員の相続税と延滞税を支払うために広いお屋敷を泣く泣く売却し、そこには、今は大きなマンションが立っているとのことです。Aさんは顧問税理士を法的に訴え、相続税申告の際の手落ちを追及したい気持ちは山々だったそうです。
しかし、自分がいつも確定申告を頼んでいた顧問税理士というだけで、相続税の申告の依頼をしたことを悔やむことはできても、一族の財産が戻ってくるわけでもありません。結局は大地主が土地をほとんど売却し、普通の人と同程度の資産規模になってしまった無念をかみしめていると聞いています。