(※写真はイメージです/PIXTA)

90代という高齢の母を心配し、別居ながらも見守っていた長男。しかし、施設へ入所することになった母親のもとに長女が訪れ、遺言書を書くよう迫ります。母親から話を聞いた長男がすぐにとった行動とは…。相続実務士である曽根惠子氏(株式会社夢相続代表取締役)が、事例をもとに解説します。

ひとり暮らしをしていた高齢母、転倒して施設へ

今回の相談者は、60代の佐藤さんです。近い将来発生すると思われる、90歳の母親の相続をめぐって、姉とトラブルになっているとのことで、筆者のもとを訪れました。

 

佐藤さんの父親は10年前に亡くなり、今年90歳となった母親は、最近まで都内の自宅でひとり暮らしをしていました。

 

佐藤さんは、同じく60代の3歳年上の姉と2人きょうだいです。姉は20代で結婚して以降、埼玉県にある夫の実家で夫の両親と同居しています。佐藤さんは仕事の関係で神奈川県の賃貸住宅に住んでいますが、母親の様子を見るため、毎週のように車で実家へ足を運んでいます。

 

「じつは去年の暮れ、母親が自宅で転んで入院したのです。そうしたら、けがのせいで歩くことがむずかしくなってしまい、そのまま施設へ入所することになって…」

 

病院から自宅に帰るつもりが、介護施設へ入ることになってしまったのですが、佐藤さんとしては、自宅にひとりいるよりも、施設で介護される方が安心であり、顔を見に行く間隔も、以前より少なくなったといいます。

姉夫婦が、母親に遺言書の作成を強要!?

「じつは2ヵ月前、母親の顔を見に施設を訪ねたのです。すると母親から〈姉夫婦に遺言書をくよう迫られた〉というじゃないですか!」

 

姉夫婦は、遺言書の文面を準備してきており、母は「この原稿のとおり書いて」と指示され、そのように書かされたというのです。

 

「母親に、遺言書の内容について聞きました。すると〈自宅は姉に、預貯金は弟に〉という内容だったそうです。母が書いた遺言書は、姉夫婦が持ち帰ったようです」

 

佐藤さんの母親の相続人は、佐藤さんと佐藤さんの姉の2人です。遺産分割としては、自宅不動産と預貯金を2人のきょうだいがそれぞれ相続するというのはよくあるケースですが、佐藤さんが怒ったのには理由がありました。

 

「姉の嫁ぎ先はうちより少しだけ裕福なのです。そのせいか、姉は結婚してから、だんだん自分の両親を軽んじるような発言が増えてきて…。でも、両親は黙っているばかりでした」

 

そのようななか、高齢となった母親は、長男である佐藤さんを次第に頼るようになり、それを口にすることも増えてきたとのこと。それに不安を覚えた姉が、相続について先回りを試みようとしたのではないか、というのが佐藤さんの推測でした。

 

「うちの両親は決してお金持ちではありませんが、一生懸命働いて、私たちきょうだいを育ててくれました。そして母は、〈寂しいけれど、姉は嫁ぎ先の子になった〉〈お父さんと建てた家は、あとを継ぐ息子に渡したい〉とたびたび口にしていたので…」

新しい遺言書を作成すれば…

筆者と提携先の司法書士は、佐藤さんと一緒に母親が入所する施設を訪れ、直接話を聞きました。

 

佐藤さんの母親は〈姉夫婦に書かされた遺言書は不本意なものであり、自宅は佐藤さんに相続させたい〉とはっきり口にしました。

 

母親の意思確認ができたことから〈自宅は佐藤さんに相続させる〉という内容で、新たに遺言書を作成することになりました。

 

遺言書は新しく作ったものが優先されます。そのため、姉夫婦が作った遺言書ではなく、あとから作ったこちらの遺言書が優先されるので、本来の母親の意思が生かせるのです。

公正証書遺言がお勧めなワケ

しかし、自筆の遺言書は家庭裁判所の検認が必要であり、また、もし作成に不備があれば無効となり、姉が迫って作成した遺言書が有効になるなど、いろいろな懸念が残ります。

 

さらに自筆の場合、内容が有効でも、あとから「母親は認知症だった」として、無効の裁判を起こされてしまうかもしれません。

 

幸い、佐藤さんの母親には認知症の兆候はなく、意思も明確です。公正証書遺言にしておけば、いろいろな意味で安心だという話になり、速やかに作成の準備に取り掛かることになりました。

 

後日、佐藤さんとともに、公証役場の公証人と提携先の司法書士、筆者と事務所スタッフが、佐藤さんのお母さまが入所する施設を訪れ、姉には遺留分に抵触しない金額の預貯金、佐藤さんには自宅不動産と残りの預貯金を相続させるという内容で、無事に公正証書遺言が作成されました。

 

遺言書には付言事項として「そばで見守り、手を貸してくれた佐藤さんに自宅を継いでほしい」との母親の気持ちを書き添えることになりました。

 

「これで安心しました」

 

ほっと息をつき、安堵の表情を見せてくれたのは、佐藤さんのお母さまのほうでした。

 

「ずっと面倒を見てくれた息子に、約束通りの遺言が遺せてよかったです…」

 

佐藤さんも安心したのか、これまでの緊張した表情が和らぎました。

 

これにより、被相続人本人の意思を反映した遺言書を作成することができます。

 

今回は、佐藤さんが速やかに動いたことで、お母さまの意思を反映する遺言書を作成することができました。相続の準備は、被相続人に何かあれば、すぐに立ち行かない状況になってしまいます。速やかな行動が、納得できる結果へとつながっていくのです。

 

 

※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。

 

 

曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士

 

◆相続対策専門士とは?◆

公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。

 

「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。

 

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