今回は、武富士事件を題材に、最高裁と高裁の結論が異なった理由について見ていきます。※本連載では、青山学院大学法学部教授・木山泰嗣氏の著書『税務判例が読めるようになる―リーガルマインド基礎講座・実践編』(大蔵財務協会)の中から一部を抜粋し、近年の重要判例をもとに、法的三段論法をふまえた「税務判例の読み方」を解説します。

裁判所がよく使う「総合して判断する」とは?

前回までが最高裁判決ですが、なぜ、これに対して高裁判決は、最高裁と異なる結論になったのか、という点について言及しておきます。高裁判決をみると、住所の法解釈、規範(判断の方法、つまり判断枠組み)について、次のように判示されています。

 

武富士事件控訴審判決(東京高裁平成20年1月23日判決・判例タイムズ1283号119頁)

法令において人の住所につき法律上の効果を規定している場合、反対の解釈をすべき特段の事由のない限り、その住所とは、各人の生活の本拠を指すものと解するのが相当であり(最高裁判所昭和29年10月20日大法廷判決・民集8巻10号1907頁参照)、生活の本拠とは、その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指すものである(最高裁判所昭和35年3月22日第三小法廷判決・民集14巻4号551頁参照)。そして、一定の場所が生活の本拠に当たるか否かは、住居、職業、生計を一にする配偶者その他の親族の存否、資産の所在等の客観的事実に、居住者の言動等により外部から客観的に認識することができる居住者の居住意思を総合して判断するのが相当である。なお、特定の場所を特定人の住所と判断するについては、その者が間断なくその場所に居住することを要するものではなく、単に滞在日数が多いかどうかによってのみ判断すべきものでもない(最高裁判所昭和27年4月15日第三小法廷判決・民集6巻4号413頁参照)。

 

高裁判決も、最高裁が「参照」した先例について冒頭で引用をしています。しかし、「そして」以降が違います。ポイントは、客観的事実だけでなく、「居住者の居住意思」をも加味したうえで、総合して判断すべきである、としている点です。納税者の主観的な意思、認識についても、考慮の要素に入れる、ということですね。

 

「総合して判断する」というのは、よく裁判所が使う言葉であり、判断の手法です。規範に挙げられた事情、様々な複数の事情を、全体的にみて結論を出しますよ、ということです。

「居住意思」という主観も住所判定の考慮要素に

高裁の判決文をみると、ここに挙げられた規範の1つ1つについて、「(2)租税回避の目的等について」、「(3)被控訴人の生活場所(住居)」について」、「(4)被控訴人の職業活動等について」、「(5)資産の所在について」といった項目を立てて、まずはこれらの客観的な事実がどのようなものであったのかについて、1つ1つ検討がなされています。

 

しかし、最後に「(6)外部から認識することができる被控訴人の居住意思について」という項目が登場し、「居住意思」という主観面の検討が行われています。といっても、主観そのものは、さすがに人の心の中のもので判定しにくいものなので、「外部から認識することができる」という言葉を「主観」に添えています。あくまで心のなかそのものではなく、外部から認識することができる心のなか、ということなのでしょう。

 

それでも、居住意思という主観的要素を住所判定の考慮における1つの要素として入れていることには変わりがありません。この点が、最高裁の判断枠組みとは全く異なるところです。居住意思という主観も住所判定の考慮要素に入れるという判断枠組みを採用したことで、(居住意思は香港になく日本にあるから)、住所は日本にある、つまり、住所は香港ではない、という結論が、高裁判決では導かれたのです。

税務判例が読めるようになる― リーガルマインド基礎講座・実践編

税務判例が読めるようになる― リーガルマインド基礎講座・実践編

木山 泰嗣

大蔵財務協会

裁判所の判断は、なぜ分かれたのか? 近年の重要判例である、14の事件を素材に、法的三段論法をふまえた「判決の読み方」を講義。苦手な判例の「読み方」が、自然と身につく1冊です。

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