一般企業にも増えている「SNSトラブル」
近年では、華やかな芸能関係のみならず、ごく普通の一般企業のアカウントにおいても、SNSのトラブルが頻発しています。もともとクチコミによる風評被害という点では、企業としても悩みの種だったのですが、とくに最近では、SNSの発信の重要性が高まったこと、また、インフルエンサーといった非常に発信力の高いアカウントが登場したことが、SNSトラブルに拍車をかけている印象です。
適正活用すれば、リアルとはまた違った楽しいコミュニティになるはずのSNSにおいて、具体的にどのような問題が生じているのか、背景にある法律の考え方とともに見ていきましょう。
風評被害への対処法、かつては「スルー」が基本だったが…
数年前から企業の悩みの種となっているのが、クチコミサイトによる悪評レビューの問題です。弁護士に相談するようなケースでは「サービスや商品が悪く、悪いクチコミを書かれた」というより、「クレーマーに近い無茶苦茶な要求を断ったところ、根も葉もない文句が書かれた」というものが多くあります。
数年前であれば、筆者は下記のように回答していました。
「企業がクチコミひとつに、重要な財産と労力を割くのはどうでしょう? 取引回数が多ければ、顧客側に問題がある取引が含まれるのも致し方ないものです。クチコミひとつの対応に時間と労力をかけるより、よい感想を返してくれるお仕事を増やすほうが大事だと思います…」
かつては、悪いクチコミや理不尽な評判を書かれるのは悔しいけれども、あくまで「多数あるなかのひとつのクチコミ」でしかありませんでした。そのため、このような「スルー対応」で対処可能だったのです。
しかし最近は、インフルエンサーといった非常に発信力のあるアカウントが増えています。そんなアカウントに悪評を流されると、一瞬にして世間に伝播されるため、大変です。企業としても「戦う姿勢」が必要となり、また、SNS等のレピュテーションリスク(自社についてのネガティブな評判や噂が拡散されることで、企業価値や信用の低下、ブランドの毀損を招くリスク)に対しても断固たる体制を取らねばならないという、相当にハードな状況に置かれているといえるでしょう。
裁判例に見る「名誉棄損になるかどうか」の分岐点
筆者が顧問契約をしている企業からも、悪評、レピュテーションリスクに対する相談は一定数ありますが、憲法上の「表現の自由」との兼ね合いを考える必要があります。
表現の自由とは「自分の感じたことを自由に表現し、発信する権利」です。これは戦時下に行われた過酷な言論統制等への反省のもと、いまでは憲法上の強い権利として認められています。
損な側面もあり、企業側からみると「悪評」と取れる発信でも、書き込みした方からすれば「表現の自由」に守られており、なんでもかんでも企業の都合で削除できるわけではありません。
たとえば飲食店で「写真と違って貧相だった」「思っていたのと違って不味かった」、あるいはサービス業で「段取りが悪く、ミスが多かった」「相談しづらく、要望を聞いてくれなかった」といったクチコミが書かれた場合、基本的には削除できないでしょう。あくまで、その商品やサービスがよかったかどうか、消費者・顧客目線で評価しているにすぎないからです。
一方で「〇〇会社の社長と秘書が不倫している」といった内容は、特定性のある書き込みであり、また、不倫という社会的評価を貶める書き込みであるため、名誉棄損に該当する可能性が高い書き込みだといえます。
近日話題になった、実名は出していないけれども、特定の芸能人を示唆し、あたかも不倫しているかのような書き込みをしたものについては、「同定可能性があるかどうか」が問題になります。
たとえば、裁判例「東京地方裁判所 令和2年(ワ)第12774号 損害賠償請求事件 令和5年6月9日」においては、以下のように判旨しながら、同定可能性を検証しています。
この例では、ブログという性質に鑑みて「過去のブログ記事と読み合わせて同定可能性がある」と判断しています。
企業アカウント等においては、特定の社名等に対して攻撃するような投稿も多く、また、特定のインフルエンサーのアカウントやブランド内であれば、固有名を特定することなく、同定可能性が認められるような記載方法なども散見されます。
対処しても、対処しても…企業にとって大変な時代に
改めて痛感するのは、企業自身が、自社の悪評の書き込みやレピュテーションリスクに対応しなければならない、大変な時代になったということです。しかも、もし悪評を書き込んだインフルエンサーを訴訟で狙い撃ちにしても、あくまで当該投稿を問題にすることしかできないため、資金力のある相手なら、反省なく悪評を書き込み続けるという恐れもあります。
また、無理に表現を規制しようとしても、表現の自由の兼ね合いから、事前規制が難しい側面もあるといえます。いまやSNS等の発信は、企業の広告宣伝手法として外せないほどの影響力がありますが、一方で、SNSトラブルに巻き込まれてしまうと、回復し得ない信用棄損等に巻き込まれるリスクもあります。企業としては、非常に頭の痛い、悩ましい問題だといえます。
山村 暢彦
山村法律事務所 代表弁護士
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