遺言書に言葉で残したい家族への気持ち
本来、伝えておけば遺族が喜ぶに違いない、心を揺さぶられるに違いないような言葉を、遺言書に残さないままにしてしまう人がいます。しかし、果たして本当にそれでよいのかは、遺言書を作成するときに真剣に考えておく必要があるのではないでしょうか。
私の父の友人であり、私が尊敬していた方が、突然の病で倒れました。その方の奥様は本当に甲斐甲斐しく看病されていたのですが、夫のために精魂を傾けすぎたためか、最後には自分まで倒れてしまい、夫と同じ病院に入院してしまいました。
その時に、当のご主人が涙を流しながら、それこそ泣きじゃくりながら、「女房には本当に俺のことで迷惑をかけた。申し訳ない」と言いながら、「ありがとうと言いたいのだが言えない」とつぶやかれたのです。
昔気質の、もしかすると「女房になど頭を下げられるか」というタイプの人だったのでしょうが、それでもいつか妻に感謝の気持ちを伝えたいという思いを持ち続けていたのでしょう。
私は、「おっしゃったらよろしいじゃないですか。今度は奥様がいらっしゃるときにお邪魔しますから、私と一緒にそのことをお伝えしましょうよ。それなら絶対大丈夫ですよ」と述べたのですが、結局、最後まで自分のそのような思いを上手に伝えることができなかったようです。
遺言書も事務的な内容で、奥様への感謝の気持ちは記されていなかったようです。奥様からすれば、ご主人の自分に対する思いを言葉として聞くことができたら、あるいは目にすることができたら、さぞ嬉しかったのではないでしょうか。
また、逆に言えば遺言書に何も記されていなかったことには、寂しさのような感情を抱いたのではないでしょうか。
もちろん、ずっと一緒に生きてきたのだから伝わるものがあるはずだろうという考え方もあるかもしれません。しかしたとえそうだったとしても、やはり言葉として伝えるのと、そうでないのとでは大きな違いがあるのではないでしょうか。
相続人不在で毎年300億円超が国庫に
家族、親戚などの身寄りがないまま一人で死んでいく人の相続をめぐる問題も、マスコミなどで取り上げられる機会が増えています。「お一人様」という言葉が流行語になったのも記憶に新しいです。誰にも看取られず孤独死した人の遺品を整理する業者のニーズも高まっているようです。このような今日的な相続の問題についても、連載の締めくくりとして触れておきたいと思います。
まず、相続人がいない場合に、亡くなった人の遺産がどのような扱いを受けることになるのかを確認しておきましょう。
配偶者、子供などの相続人がいないような場合、遺言書がなければ、裁判所によって相続財産管理人が選任されることになります。相続財産管理人は亡くなった人の財産を管理し、必要に応じて不動産や株などの資産を売却して処分したり、債務を返済します。相続人の確認調査から6カ月後に相続人がいないことが確定すると、「特別縁故者」が相続できる可能性が生まれます。特別縁故者とは、被相続人と生計を共にしていた人や、被相続人の療養看護に努めた人、その他被相続人と特別な縁故があった人のことです。特別縁故者は家庭裁判所に対して、相続財産を受け取るための手続きを申し立てることができます。
これらの手続きを経た後でも財産が残っていれば、国庫に納められることになります。したがって特別縁故者もいない、遺言書もない場合、遺産のすべては国庫に納められることになります。
2012年度(平成24年度)の「歳入決算明細書」によると、相続人不存在により国庫帰属となった総額は、記録の残る1992年度以降で最高額である375億円に達しており、平成22年から平成24年の3年間の平均は321億円になります。
ある統計では、現在、男性は5人に1人が未婚のまま人生を終えるというデータが示されています。少子化がこの先ますます進めば、結婚しても子供がいない夫婦が増えるでしょう。そうなれば、配偶者のどちらか一方が先に亡くなれば、やはり相続人がいないという状況になります。少子高齢化や晩婚化による相続人不在は今後ますます増加することが予想されているため、相続人を持たないまま亡くなる人の相続問題は、これからの日本社会にとってより深刻かつ大きな課題となるのかもしれません。