そんなに安くて大丈夫?と思いきや、実は急成長している事業
30年にわたるデフレが続いた日本では、「低価格」は引き続き消費者を引き付けるキーワードです。1000円カットの理髪店は、デフレ時代のニーズによって急成長した事業の1つです。
1000円カット大手のQBハウスを例にすると、2000年代の初めの店舗数は100店でしたが、それから20年で約6倍に増えました。年間の利用者数は1500万人、売上は200億円を超えるまでになり、2018年には東証一部市場(現、東証プライム市場)に株式上場し、海外店舗も増やしています。
メニューはカット一択。「オペレーションの簡素化」がポイント
ヘアカット代の平均は3600円ほど(総務省調べ)ですので、消費者としては、3分の1に収まるのはうれしい衝撃です。逆に言うと、事業者側はカット1回あたりの収益が3分の1に減るわけですから、低単価で経営を安定させる方法が必要です。
そのポイントはオペレーションの簡素化です。無駄を省いてコストを最小に抑えるとともに、回転率を高めて売上を最大化しているのです。
例えば、美容室ではカットのほかにパーマやカラーリングなどを行いますが、1000円カット店のメニューはカットのみです。シャンプ―などのサービスもありません。このようなシンプルなオペレーションを徹底しているため、水回りの設備がいらず開店資金が安く収まります。シャンプー、カラー、パーマの時間がかからないため、1人あたりにかかる時間が短縮できます。
また、1000円カット店はカット以外の技術は使いませんので、そのための教育や研修期間がいりません。すぐに現場に立てる即戦力の理容師を増やしやすいことも多くのカットをこなせる理由になっています。
従来の「至れり尽くせり」の発想から離れる
従来の事業は、サービスなら手厚いおもてなしによる至れり尽くせりを追求し、ものづくりは高機能と多機能を追求することが大きな流れでした。
その結果、質が高い商品やサービスが低価格で手に入る社会が構築されました。
しかし、高機能化が進む世の中においても、シンプルで簡素なサービスを求める人はいます。
カット店の場合、「カリスマ美容師に切ってもらいたい」という人がいる一方には、「早く切ってほしい」「安く済ませたい」と考える人がいます。そのニーズに応えることが1000円カット店の強みです。
サービスや機能を足すのではなく、できる限り引くことを考えたことに成功の要因があります。これは、至れり尽くせりと高機能化を求める世の中へのアンチテーゼといっても良いでしょう。
異業種では、機能が少ないシンプル家電やらくらくホンなどもシンプルだから支持されている例です。
生活に密着したニーズであり、どんなに不景気でも需要がある
もう一歩掘り下げると、「髪を切りたい」というニーズが永遠に消滅しないことも重要です。人のニーズは、まず衣・食・住のニーズが根底にあります。
これらが満たされないと人は最低限の生活ができません。これらが満たされた上には、遊・休・知・美のニーズがあります。遊は遊び、休は癒し、知は学び、美は美容のことで、髪を切りたいというニーズは美に含まれます。これらが満たされることで必要最低限の生活は文化的な生活になります。
いまの日本は豊かですから、衣・食・住が満たされずに困っている人は多くありません。そのため、遊・休・知・美を通じて文化的に暮らすことが多くの人の普遍的なニーズになっています。
ニーズが普遍的であるということは市場が消滅しないということです。実際、髪は放っておけば伸び続けますので数ヵ月に1回のペースで「切りたい」というニーズが発生し続けます。
また、生活に密着しているニーズは景気の変動も受けにくいといえます。「不景気だから髪を切らない」と考える人はほとんどいないでしょう。
事業者としては、この分野のニーズに応えるサービスをつくることも成功のポイントです。普遍的なニーズを獲得することで、長期的に収益が安定しやすくなるのです。
菅原 由一
SMG税理士事務所 代表税理士
YouTubeチャンネル『脱・税理士スガワラくん』運営
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