「中小M&Aガイドライン」…全体像と改訂ポイント
近年の日本では、経営者の高齢化によるM&A増加にともない、M&A仲介業者やFA(フィナンシャル・アドバイザー)といった専門業者も増えています。しかし、それを背景に、M&A専門業者の契約内容や手数料のわかりにくさ、支援内容への不満、M&A仲介業者に関する利益相反の懸念などが問題となっていました、そこで、中小企業庁は2023年9月、「中小M&Aガイドライン」を改訂しました。
この中小M&Aガイドラインは、後継者不在の中小企業向けの手引きを示す第1章と、M&A支援機関向けの基本事項を示す第2章の2つで構成されています。
第1章では、中小企業がM&Aを検討して実行するための指針が、第2章では、M&A支援機関が支援の際の基本事項が示されています。とくに第2章では、支援機関が顧客の利益最大化を優先すべきという基本姿勢が強調されています。
今回の改訂ポイントは、仲介者やFAの品質向上に向けた取り組み、契約締結前における書面による「重要事項説明義務」「直接交渉の制限に関する注意点」「ほかの支援機関を併用して候補先を探す方法」「セカンド・オピニオン」なども明記されています。
免許制度も法規制もない仲介者・FA…求められる対応は?
M&A仲介やFA業務においては、特定の許可や免許制度がなく、業界全体の法規制もありません。しかし、契約に基づく「善管注意義務」を履行すること、そしてM&A専門業者としての職業倫理を遵守することが求められます。依頼者の利益を守り、公平・公正な対応が求められるほか、サービスの質の維持に努めることも必要です。
また、M&A支援の品質向上に役立つ取り組みが、知識・能力の向上の観点と、適切な業務遂行の観点の2つに分類されています。特に、「経営トップの意識」の重要性が強調されています。
そして、M&A仲介者とFAの業界には、民間での自主的な取り組みが期待されています。具体的には、業界全体のルールを設けて遵守することで、支援の質を向上させることが求められています。また、仲介者が利益相反のリスクによって、限られた業務しか提供できない点についても明確化されています。
◆重要事項説明書
今回の改訂で最も重要なものが「重要事項説明書」の作成です。重要事項説明書とは、仲介契約やFA契約の重要な内容を書面で提供し、しっかりと説明するものです。
これまで、仲介契約やFA契約の内容が複雑で、仲介とFAの違いだけでなく、M&A特有の内容について、依頼者がよく理解できないという問題が指摘されていました。
そこで、M&A仲介やFA契約について、契約書に規定される重要事項を説明した書面を交付し、それに基づいて口頭での明確な説明を行うことが求められることになりました。そのうえで、依頼者が契約内容を理解して、適切に判断できるように検討時間を十分に提供することが必要とされました。
この書面には「手数料以外の費用」「直接交渉の制限」「免責に関する条項」「契約後の効力」などが含まれ、そのサンプルも公表されています。
◆直接交渉の制限
直接交渉の制限とは、依頼者がM&A専門業者を介さずに相手方と直接交渉することを禁じる条項です。
この点、直接交渉の制限は、M&A専門業者が関与して紹介した候補先に限定されるべきであり、依頼者が自ら見つけた候補先との交渉は許容されることが明記されました。
◆セカンド・オピニオン
セカンド・オピニオンについて、2つのタイプに分けて整理されました。ひとつは「狭義のセカンド・オピニオン」で、元の支援者と同じ種類の業務を提供する者からの意見や助言のことです。もうひとつは「広義のセカンド・オピニオン」で、元の支援機関と異なる業務を提供する者、特に公認会計士、税理士、弁護士などの専門家、事業承継引継ぎ支援センターからの意見や助言のことです。
セカンド・オピニオンを入手するメリットは、依頼者が意思決定をしやすくなり、安心してM&Aを進めることができるようになることです。ただし、狭義のセカンド・オピニオンを同業他社の仲介者やFAから求める場合、それが営業目的となってしまい、中立性や客観性を欠くことになります。そこで、特に重要な事項については、広義のセカンド・オピニオン、すなわち、M&Aに詳しい専門家や支援センターに相談することが推奨されています。
また、仲介契約やFA契約の際には、秘密保持や専任条項を確認し、広義のセカンド・オピニオンが受けられるようにすることが望ましいとされています。
◆マッチングにおける支援機関の活用
M&Aのマッチングを円滑に進めるため、複数の支援機関に依頼することのメリットと注意点についても説明されています。
仲介契約やFA契約における専任条項や秘密保持条項によって、ほかの支援機関が利用できなくなっていないか、注意する必要があります。また、適切な候補先を紹介されない場合であっても、元の支援機関との契約に専任条項やテール条項が含まれている場合、ほかの支援機関を利用することができなくなってしまう点にも注意が必要です。
◆仲介者・FAの手数料
仲介者やFAの手数料は、レーマン方式を採用する際の「基準となる価額」によって大きく変動します。この基準価額として、株式の譲渡額なのか、移動する総資産合計額なのか確認することの重要性が強調されています。
また、仲介者やFAは、契約締結前の重要事項説明において、手数料に関してしっかりと説明することが求められます。
岸田 康雄
公認会計士/税理士/行政書士/宅地建物取引士/中小企業診断士/1級ファイナンシャル・プランニング技能士/国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)
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