突然の訪問者から告げられた、生き別れの父の親族にまつわる相続の問題。いきなり捺印を求められるものの、状況を理解するに従い、強烈な違和感が…。弁護士を交えて出した結論とは? 相続実務士である曽根惠子氏(株式会社夢相続代表取締役)が、実際に寄せられた相談内容をもとに、生前対策について解説します。

突然の訪問者「ハンコもらえますか」

今回の相談者は、30代の佐藤さんです。突然自分のもとに不動産会社から持ち込まれた話に驚き、相談に乗ってほしいと筆者の事務所を訪れました。

 

ある日、佐藤さんの自宅マンションに来客がありました。対応すると、不動産会社の従業員だという男性と、「鈴木」と名乗る50代ぐらいの女性が立っていました。

 

「戸惑いながら事情を聞いたのですが、私の父方の叔父にあたる人が、鈴木さんと名乗る女性に財産を遺贈したそうなのですが、その相続税を払うために、一部の土地を売りたいとのことなのですが…」

 

売却したい土地の上には、佐藤さんの亡くなった父親名義の建物が残っており、それを解体する旨の書類に印鑑がほしいとのことでした。

 

「〈解体の費用はこちらで持ちますから〉と高圧的にいわれ、イラっとしたのですが、話がさっぱり見えてこなくて…」

生き別れの父、亡くなったことも知らず…

佐藤さんの両親は佐藤さんが幼いころに離婚しています。佐藤さんには父親の記憶がなく、母親からは養育費はもらっていないと聞いています。当然、父親の親族との交流もなく、父親がすでに亡くなっていたことも、今回の見知らぬ人の訪問で初めて知ったのでした。

 

「鈴木」と名乗る女性が遺贈を受けた土地は、もともと佐藤さんの父親の弟のものでした。しかし、その弟が亡くなったため、公正証書遺言で鈴木さんが遺贈を受けたというのです。

 

佐藤さんの父親は、母親と離婚後も再婚せず、相続人は佐藤さんひとりでした。父親の弟も独身で、配偶者や子どもはいません。親がすでに亡くなっている場合は、相続人はきょうだいとなり、佐藤さんが亡くなった父親の代襲相続人となるところでしたが、今回は母親(佐藤さんの祖母)が健在なため、亡くなった父親の弟の相続人は、その母親1人となります。しかし、そのような背景がありながら、公正証書遺言により、亡くなった弟の財産はすべて鈴木さんへと遺贈されたのです。

 

筆者は、佐藤さんの依頼をもとに、鈴木さんと接触して資料を提供してもらいました。調査の結果、確かにその土地の名義変更登記は終わっており、父親の弟から、鈴木さん名義へと変わっていました。

父親所有の建物の固定資産税評価は、およそ1,000万円

例の土地の上に建つ、亡き父親名義の建物は、築年数10年程度で、少し変わった形状の注文住宅です。おそらくそこに佐藤さんの父親と祖母が生活していたと思われます。

 

建物の広さは40坪、建物の固定資産税評価は1,000万円程度。土地の面積は60坪で、売却する場合は5,600万円~6,000万円程度の販売価格になることから、いまある建物を解体して更地にしたほうが売りやすいということのようでした。

 

しかし、佐藤さんは父親が亡くなっていたことも他人経由で初めて知らされたうえ、父親の相続や財産について何も知らず、財産となる建物も取り上げられるとなると、すんなりハンコを押す気持ちにはならないでしょう。

 

鈴木さんが佐藤さんの建物を買い取るなり、いくらかでも費用を払うなりしてもらわないと、納得できないのも無理もありません。そこで、筆者は業務提携先の弁護士と打ち合わせ、対応を検討しました。

土地の使用貸借は、借主の死亡によって終了する

土地と建物の所有者が違う場合、建物の所有者は、土地の所有者から場所を借りている状態だといえます。本来なら、地代や権利金を払うところ、親族の場合は無償で建てているケースがしばしばみられます。佐藤さんの父親も、おそらく使用貸借の状態で土地を無償で借りて、建物を建てたのではないかと推測されます。

 

父親が先に亡くなっていますが、その前に建物を弟に遺贈する手続きをしていれば、佐藤さんに話が来ることはなかったのですが、そうした手続きはされておらず、現在も建物の名義は亡くなった父親のままとなっています。

 

今回法的に問題となるのは、借主である父親が亡くなったことで、死亡による使用貸借契約が終了するか否か、という点です。

 

弁護士に確認したところ、この点については、民法597条3項において、「使用貸借は、借主の死亡によって終了する」と規定されおり、原則論でいえば、この条項が適用され、借主死亡により使用貸借契約は終了するため、建物所有者は、建物を収去し、土地を明け渡す必要があるということでした。

利用していない建物に、権利主張するのはむずかしい

使用貸借という現状から、法的には、権利主張をすることはむずかしいということになりました。

 

「裁判例上、建物所有目的の土地の使用貸借の場合は『建物の使用が終らない間に借主が死亡しても、特段の事情のない限り敷地の使用貸借が当然に終了するものではない。』と判断しているものもあります(大阪高裁昭和55年1月30日判決)」との補足もありましたが、この点については、具体的な事情により裁判例でも判断が分かれるようです。

 

「もし対象となっている建物を佐藤さんが使用していたなら『使用貸借が終了していない』と権利主張ができる可能性もあるかもしれませんが…。使用していないければ『借主死亡により、使用貸借契約終了』と判断される可能性は、かなり高いでしょうね…」

 

弁護士の意見から、やはり権利主張はむずかしいと判断しました。

 

そのため、筆者と弁護士は、佐藤さんに鈴木さんからいわゆる「ハンコ代」程度の謝礼を払ってもらい、解体を承諾するほうがいいとアドバイスしました。

赤の他人が全財産を遺贈される状況に「強い違和感」

今回、公正証書遺言により財産の遺贈を受けた鈴木さんはまったくの他人です。この状況は、親族である佐藤さんでなくても違和感を覚えます。佐藤さんと生前に交流がないにしろ、親族に通知もなく手続きが行われたことに意図的なものを感じます。

 

生前に交流がなく、財産の形成や介護などの貢献をしていないにしろ、それでも血縁のある親族です。実の父親から養育費ももらわず育ったことを考えれば、せめて相続のときくらいは、いくらかでも親族へ…という配慮がないものかと残念に思います。

 

残る方法は、亡くなった父親の弟の相続人となる、母親の遺留分についての侵害請求です。これを機会に、佐藤さんには祖母と交流を持つよう、弁護士からもアドバイスがありました。

 

祖母と交流を持てば、将来の祖母の相続時に慌てなくてもすむため、佐藤さんにとってメリットは大きいはずです。

 

今回、もし遺留分侵害額請求によって祖母の財産が確保できるなら、佐藤さんはただ1人の孫として祖母の相続財産として受け取ることができるため、今回、もらえなかった財産のかわりになるといえます。

 

 

※登場人物は仮名です。プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。

 

 

曽根 惠子
株式会社夢相続代表取締役
公認不動産コンサルティングマスター
相続対策専門士

 

◆相続対策専門士とは?◆

公益財団法人 不動産流通推進センター(旧 不動産流通近代化センター、retpc.jp) 認定資格。国土交通大臣の登録を受け、不動産コンサルティングを円滑に行うために必要な知識及び技能に関する試験に合格し、宅建取引士・不動産鑑定士・一級建築士の資格を有する者が「公認 不動産コンサルティングマスター」と認定され、そのなかから相続に関する専門コースを修了したものが「相続対策専門士」として認定されます。相続対策専門士は、顧客のニーズを把握し、ワンストップで解決に導くための提案を行います。なお、資格は1年ごとの更新制で、業務を通じて更新要件を満たす必要があります。

 

「相続対策専門士」は問題解決の窓口となり、弁護士、税理士の業務につなげていく役割であり、業法に抵触する職務を担当することはありません。

 

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本記事は、株式会社夢相続が運営するサイトに掲載された相談事例を転載・再編集したものです。

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