なぜ為替レートには「変動相場制」と「固定相場制」があるのか?
為替レート(ドルの値段)の決まり方には「変動相場制」と「固定相場制」の2通りあります。現在の日本は変動相場制を採用しています。これは、ドルの値段が市場の需要(買い注文)と供給(売り注文)で決まる制度です。ドルの需要が多ければドルが値上がりし、需要が少なければ値下がりするのです。
これに対し、固定相場制というのは政府がドルの値段を法律で決めるというものです。戦後の日本は固定相場制を採用し、1ドルは360円であると法律で決められていたのです。
変動相場制だと、ドルの値段を毎日チェックしなければなりませんから面倒です。それだけではありません。輸出企業はドルの値下がりを、輸入企業はドルの値上がりを恐れるあまり、ヒヤヒヤして取引に慎重になるかもしれません。
「面倒だから、いっそ固定相場制に戻ればいいのに」←無理なワケ
そんなことなら固定相場制に戻ればいいのに…と考える人もいるでしょうが、それは無理なのです。2通りの説明が可能です。
無理な理由1:日本より米国のほうが物価上昇率が高い
ドルの値段の決まり方は複雑ですが、最も基本となるのは「日本と米国で物価が概ね等しくなること」です。もしもドルが1円なら、日本人が皆で円をドルに替えて米国に買い物に行くでしょう。そうなれば、銀行にはドル買いが殺到してドルは値上がりするはずです。
反対に1ドルが1万円なら、米国人がドルを売って日本に買い物に来るでしょうから、ドルは値下がりするはずです。結局、米国と日本の物価が概ね等しくなるところまでドル買いやドル売りが続くわけです。
ということは、日本政府が固定相場制を採用するに際しては、日本と米国の物価が概ね等しくなる水準にドルの値段を決める必要がある、ということです。そうなれば、人々は便利になるでしょう。
問題は、米国のほうが日本より物価上昇率が高い、ということです。現在は日本と米国の物価が概ね同水準であっても、10年後には米国の方が物価が高くなるので、多くの米国人がドルを売って日本に買い物に来るようになるでしょう。
そうなったときに「ドルを売りたいのに買ってくれる人がいない」ということでは経済がうまく回らないので、固定相場制を採用した日本政府の責任として、ドルを売りたい人からドルを買う必要が出てきます。
その後も米国の物価上昇が続くと、20年後にはさらに多くの米国人がドルを売ることになり、日本政府が買うドルは増え続けます。そうなると、日本政府はむずかしい決断を迫られます。
固定相場制を続ければ、未来永劫ドルを買い続ける必要がありますが、そうなると、日本に買い物に来る米国人が増え続け、米国企業の製品が売れなくなります。そうなれば、米国政府から「日本は固定相場制を廃止しろ」という圧力がかかるでしょう。
将来仮に圧力に負けて固定相場制を廃止するようなことになれば、それまで日本政府が買ってきた巨額のドルが暴落し、日本政府は巨額の損失を被ることになります。そうしたリスクを避けたいので、固定相場制は採用できないのです。
無理な理由2:万一実現したら「日本国債投げ売り&ドル爆買い」の発生で制度崩壊へ
上記の「理由1」の説明は説得的ですが、実際には起きないでしょう。それは、投資家たちが巨額のドルを買うので、固定相場制は瞬時に崩壊するからです。
米国債のほうが日本国債より金利が高い(米国の銀行の方が日本の銀行より金利が高い)のに、日本国債を買う(日本の銀行に預金する)人がいるのはなぜでしょうか。それは、将来のドル安を心配しているからですね。
円をドルに替えて米国債を買えば、高い金利がもらえるのですが、満期に資金を持ち帰ろうとしたときにドルが安くしか売れなければ、結果として損失を被る可能性があります。それが怖いので日本国債を買っているのです。
そんなときに、政府が固定相場制を採用してくれたら、投資家たちは日本国債を売ってドルに替え、米国債を買うでしょう。「ドルが値下がりする心配は要らない」と政府が法律で保証してくれたのですから。
日本政府は巨額のドルを持っていますが、それでも日本中の投資家が日本国債を売ってドルに替えようとすれば、日本政府が持っているドルは瞬時に売り切れて固定相場制は維持できなくなってしまうでしょう。それがわかっているから、固定相場制は採用できないのです。
戦後は採用できたのに?…不可能になってしまった根本原因
上記のように、固定相場制は採用できないわけですが、戦後はできていたのはなぜでしょうか。それは、当時は米国債の購入や米国銀行への預金等は原則として禁止されていたからなのですね。
いまからでも米国債の購入等を許可制にすれば、「理由2」が消えるので固定相場制の復活は可能ですが、米国債の購入等を許可制にすることのデメリットが固定相場制のメリットより大きそうだということと、「理由2」が消えても「理由1」が残るということで、やはり固定相場制への復帰は無理なのです。
今回は、以上です。なお、本稿はわかりやすさを重視しているため、細部が厳密ではない場合があります。ご了承いただければ幸いです。
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塚崎 公義
経済評論家
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