※画像はイメージです/PIXTA

2023年10月1日に東京都の最低賃金が41円引き上げられ、時間額1,113円となりました。このように、正規雇用と、正規と比較して賃金の低い非正規雇用との賃金格差が埋まっていく一方で、経済全体の賃金上昇率は停滞を続けています。本記事では、元IMF(国際通貨基金)エコノミストで東京都立大学経済経営学部教授の宮本弘曉氏による著書『一人負けニッポンの勝機 世界インフレと日本の未来』(ウェッジ社)から、日本の賃金が低迷を続ける原因と、インフレと賃金上昇率の関係について解説します。

インフレと賃金の関係

インフレ率も、名目賃金に影響を与える要因のひとつです。物価の上昇は、労働者が購買力を保つために企業に賃上げを要求することにつながります。逆に、物価が下がると、企業は収益を保つために、賃金を引き下げるかもしれません。

 

また、実際のインフレ率だけでなく、インフレ予想も賃金に影響を与える可能性があります。

 

図表3は、OECD加盟国における2000年から2019年までの平均的なインフレ率と名目賃金 上昇率の関係を示したものです。インフレ率と名目賃金上昇率の間にはプラスの関係があることがわかります。

 

[図表3]インフレ率と賃金上昇率の関係

 

「労働者がインフレを予想→賃上げ→インフレ」という、自己実現的な因果構造

ここで重要なのは、インフレ率と賃金上昇率の正の関係が、物価の上昇によって賃金が上がるという因果関係だけでなく、逆に賃金が上がることで物価が上がるという因果関係も考えられるということです。

 

例えば、企業の売上が増えて、賃金が上がった場合を考えてみましょう。この場合、家計の懐に余裕ができるため、需要が増加します。そして、需要の増加は物価上昇につながります。つまり、賃金が上がることで、物価が上昇するというルートも存在するというわけです。

 

物価の上昇が、賃金の上昇につながるのか、あるいは賃金の上昇が物価の上昇につながるのかという問題は、「鶏が先か、卵が先か」という関係に似ていますが、そこで重要となるのが、インフレ予想です。

 

物価の上昇により、労働者が賃上げを要求する場合を考えてみましょう。この時、彼らは現在のインフレによる賃金の実質的な低下をカバーするだけでなく、今後もインフレが続くことを見越して、さらなる賃上げを要求することが考えられます。

 

なぜなら、インフレが急速に進行する中では、たとえ一度賃金が上がっても、すぐに生活が苦しくなることが予想されるからです。

 

このように、賃上げの要求時には、実際のインフレ率とともに、将来のインフレ率が重要な役割を果たします。

 

例えば、労働者が将来のインフレ率を2%と予想し、その分の賃上げを要求するとしましょう。賃上げが実現すれば、それに伴い人件費も増加し、企業はコストを商品やサービスの価格に転嫁することになります。

 

結果として、労働者の当初の予想通り2%のインフレが実現することになります。つまり、労働者の予想インフレ率が実際のインフレ率を決定づけ、自己実現的な現象が起こります。

 

もし労働者のインフレ予想が安定的であれば、労働者の賃上げ要求も同様に安定し、結果として、物価上昇も安定的となります。

 

日本では「インフレ率」も「賃金上昇率」も低いまま

ここで、再び図表3に目を向けてみましょう。この図では、日本が左下の角に位置しています。

 

これは、日本が低いインフレ率と賃金上昇率を同時に抱えていることを示しています。それに対して、他のOECD諸国の多くでは、インフレ率と賃金上昇率が共に2%程度となっています。

 

これが意味するところは、日本はインフレ率と賃金上昇率が共に低い「均衡」にあるのに対して、他の国では物価も賃金も緩やかに上昇する「均衡」にあるということです。

 

 

宮本 弘曉

東京都立大学経済経営学部

教授

 

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宮本 弘曉

ウェッジ社

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