インフレは何が問題なのか?
インフレは、私たちの生活や経済に様々な影響を与えます。もし、世の中のあらゆるところで同時にインフレが起こった場合、すべての価格が同時に同じように上昇するので、私たちの生活には実質的な変化はありません。
例えば、すべてのモノやサービスの価格が倍になったとしても、お給料も倍になっていれば、購入量は変化しません。
しかし、現実の経済では、すべての価格が同時に同じように上昇することはありません。商品の値段だけが上がり、賃金が変化しない場合には、購入できる商品が減少するため、私たちの生活は厳しくなります。
また、インフレは現金や預貯金などの価値を減少させます。皆さんが、将来の夢や目標を叶えるために、毎月の給料から貯金を積み立ててきたとします。しかし、物価が急上昇し、同じ商品やサービスが高くなると、皆さんが積み立てた貯金の価値は下がってしまいます。
例えば、インフレで今年1万円の商品やサービスが、来年には1万1000円になるとすると、1000万円の貯金は、来年には実質的に10%も低下してしまいます。
インフレによるお金の実質的な価値の低下は、とりわけ、銀行預金や郵便貯金などの貯蓄に頼っている高齢者世帯にとっては深刻です。
さらに、インフレを鎮静化するためには、不況というコストを支払わなくてはならないこともあります。
具体的には、中央銀行が金融政策を引き締め、金利を上げることがあります。しかし、このような措置が長期化すると、景気後退を引き起こすことがあります。金利が上昇すると、個人の消費や企業の投資が減少するからです。
このように、インフレは国民生活や経済全般に多大な影響を与えます。インフレの社会コストを考える際に重要なのは、インフレがあらかじめ予想されたものなのか、それとも予期せぬものなのかです。もし、ある程度予想されたものであった場合、人々はそれを織り込んで意思決定や行動ができます。
とはいえ、このようなケースでもインフレには様々な問題があります。経済学で指摘されているものをいくつか紹介しましょう。
「予想されたインフレ」が経済にもたらす悪影響
まず、メニュー・コストと言われる問題があります。インフレが発生すると、商品の価格が上がります。このため、レストランなどのビジネスにおいては、料理の価格を改定する必要が生じます。
そのためには、メニューを書き換える必要がありますが、これには印刷代や労力がかかります。このような価格改定に伴う費用を一般にメニュー・コストと言います。この費用は、インフレがあらかじめ予想されていたとしても避けることができません。インフレのたびに頻繁にメニューを書き換えなくてはいけないとしたら、そのコストは経済全体で考えると決して小さくはありません。
また、インフレが発生すると、相対価格に歪みが生じ、資源配分に混乱を引き起こす可能性があります。
商品やサービスの価格が同じペースでは上がらないため、相対価格に変化が生じることがあります。これにより、消費者の財やサービスの購入や企業の生産のあり方が混乱する可能性があります。
インフレは税制の歪みをもたらすこともしばしば指摘されています。所得税を考えてみましょう。日本では所得に対する課税は累進課税となっています。所得が高い人には高い税率が適用されるため、実質所得が変わらなくても、物価上昇に伴い名目所得が上がった場合に、納付する税金額が増える可能性があります。
これは、税金が額面の所得(名目所得)に基づいて計算されるためです。例えば、物価上昇によって年収が10%上昇した場合、名目所得が上がることにより所得税率が高くなり、納付する税金額も増えます。つまり、物価上昇によって税負担が重くなることがあるのです。
「予期せぬインフレ」が経済にもたらす悪影響
予期せぬインフレは、予測されたインフレよりも大きな社会的コストをもたらします。予期せぬインフレが起こると、年金生活者の実質所得が低下するため、生活が苦しくなることがあります。
また、インフレに伴い賃金が上昇しない場合、勤労者の実質所得も減少するため、生活が苦しくなることがあります。
さらに、予期せぬインフレは、貸し借りにも影響を与えます。借金をしている人は、実質的な借金額が減るため、得をすることがあります。しかし、お金を貸している人は、貸している額の実質的な価値が減少するため、損をすることがあります。
また、インフレは、貨幣を持つ人たちに対する「増税」という顔を持ちます。例えば、皆さんが1年前に1万円を持っていたとします。
インフレ率が3%だった場合、今年、その1万円では実質的に9700円分しか商品やサービスを購入できなくなってしまいます。これは、あたかも1年前の1万円に対して3%の税金を支払ったのと同じ影響です。
このように、インフレは貨幣を持つことに対する課税ととらえることができます。
宮本 弘曉
東京都立大学経済経営学部
教授
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