判断能力が不十分な相続人間の遺産分割協議
父が亡くなり、相続人は、私と、認知症の母と、亡くなった弟の未成年の子供二人です。父には兄弟姉妹がいません。そこで私は、亡くなった弟の妻の承諾を得て、父の遺産を全て母に相続させることにしました。
紛争の予防・回避と解決の道筋
◆判断能力が不十分な相続人間の遺産分割協議は無効となるリスクがある
◆認知症により判断能力が不十分な相続人が遺産分割協議をはじめとする相続手続を行うには、後見人等の選任が必要となる
◆後見人は、被後見人との間に利益相反が生じる場合、後見監督人が選任されている場合を除き、被後見人のために特別代理人を選任しなければならない
◆数人の未成年の子がいる親権者は、子らの間に利益相反が生じる場合、一方のために特別代理人を選任しなければならない
◆特別代理人の選任手続を回避するためには、生前の遺言書作成または信託の利用が有効である
1. 相続放棄を検討する
2. 後見開始申立手続を検討する
3. 相続人が後見人となって遺産分割協議を行う場合は、特別代理人選任申立手続を検討する
4. 数人の未成年者が遺産分割協議を行う場合は、親権者による特別代理人選任申立手続を検討する
5. 生前に遺言書の作成や信託契約の締結を検討する
解説
1 .放棄を検討する
(1) 問題の所在
法定相続分と異なる相続分を定めるには、遺産分割協議が必要ですが、判断能力が不十分な相続人間の遺産分割協議は無効となるリスクがあります。
本事例では、私が弟の子らの親権者である弟の妻の承諾を得て、母の実印等を使用して遺産分割協議書を作成しようとした場合、全ての遺産を取得する母の利益は損なわれないとしても、また弟の子らも母の相続時に遺産取得の機会が確保されるとしても、将来紛争となるリスクを排除することはできず、少なくとも親権者が数人の子に対して単独で親権を行う場合、その一人と他の子との間に利益相反関係が生じる以上、親権者の承諾を得て遺産分割協議書を作成するだけでは不動産の相続登記をすることができません。
したがって、認知症により判断能力が不十分な相続人や親権者を同じくする複数の未成年者が相続人の場合、有効な遺産分割を行うには、後述のように煩雑な手続が必要となり、相当程度の時間を要します。
(2)相続放棄の効果
このようなケースで不都合を回避するには、相続放棄(民939)を用いることが考えられます。
相続放棄をすると、初めから相続人とならなかったことになるため、遺産を取得する一名を除く相続人が相続放棄をすることで、特定の相続人に相続財産を集中させることができます。
ただし、後順位の相続人がいる場合は、相続放棄をしても後順位の相続人に権利が移ってしまうので注意が必要です。
(3)相続放棄の申述
相続放棄の申述人は、被相続人の推定相続人です。推定相続人が未成年の場合は、親権者が申述を行いますが(民824)、利益相反が生じる場合は特別代理人を選任しなければなりません(民826)。
相続放棄の申述は、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所において、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に行う必要があります(民915①)。家庭裁判所に申述が受理されると、相続放棄の効果が生じることになります。
(4)あてはめ
本事例においては、父に兄弟姉妹はおらず、両親も既に他界していると思われますので、後順位の相続人は存在しません。したがって、子である私および弟の未成年の子二人が相続放棄をすれば、唯一の相続人となる認知症の母に父の遺産を全て相続させることができます。
未成年の子二人については親権者である弟の妻が相続放棄の申述を行うことになりますが、弟の妻は相続人ではないため、未成年の子いずれも相続放棄をするのであれば利益相反には該当しないと考えられます。
利益相反行為以外については、親権者に広範な裁量が認められていますが、母に相続財産を集中させることが、子の利益を無視して第三者の利益を図ることのみを目的としてされるといえる場合には、代理権の濫用が問題になり得ますので、注意が必要です。