兄弟姉妹のいない父逝去。遺産はすべて“認知症”の母に…相続人が〈父の生前〉に協議しておくべきだった事項とは?【弁護士が解説】

相川 泰男
兄弟姉妹のいない父逝去。遺産はすべて“認知症”の母に…相続人が〈父の生前〉に協議しておくべきだった事項とは?【弁護士が解説】

父が亡くなり、残されたのは、認知症の母と亡くなった弟の未成年の子供二人。亡くなった弟の妻の承諾を得て、父の遺産を母に相続させることにしましたが、認知症の母は判断能力が不十分な相続人に該当し「後見人」が必要になるなど、煩雑な手続きが発生することに。本稿では、弁護士・相川泰男氏らの著書『相続トラブルにみる 遺産分割後にもめないポイント-予防・回避・対応の実務-』(新日本法規出版株式会社)から一部を抜粋し、判断能力が不十分な相続人間の遺産分割協議について解説します。

4. 数人の未成年者が遺産分割協議を行う場合は、親権者による特別代理人選任申立手続を検討する

(1)複数の未成年者間に利益相反が生じる場合

親権者が数人の子に対して単独で親権を行う場合、その一人と他の子との間に利益相反が生じる場合は、特別代理人を選任しなければなりません(民826②)。利益相反行為に該当するかは、前述のように行為の外形から判断され、親権者の意図や実質的効果等は考慮されません(最判昭42・4・18民集21・3・671)。

 

親権者が共同相続人である数人の子を代理して遺産分割協議を行うことは、利害対立が現実化されなかったとしても、行為の客観的性質上相続人相互間に利害の対立を生ずるおそれのある行為に当たるため、特別代理人の選任が必要となります(東京高判昭55・10・29判時987・49)。

 

(2)特別代理人の選任申立手続

子のための特別代理人の選任申立てについては、親権者に申立権があることに異論はありません。親権者は、子の住所地を管轄する家庭裁判所に申立てを行います。

 

遺産分割協議の場合は、利益相反行為の関係書類として、遺産分割協議書案を提出することになります。審理の結果認容されれば、特別代理人が選任され、選任された特別代理人は、権限行使につき善管注意義務を負うことになります。

 

(3)あてはめ

本事例では弟の妻が親権者となる未成年の子二人が共同相続人となっています。二人の子を代理して遺産分割協議を行うことは、利害対立が現実化されなかったとしても、行為の客観的性質上利益相反行為に当たるため、弟の妻は子の一方のために特別代理人の選任を求めなければなりません。

 

特別代理人が選任された場合、特別代理人は権限行使につき善管注意義務を負いますので、未成年の子の利益を害することがないよう、原則として未成年の子の法定相続分以下での遺産分割協議を行うことはできません。

 

この場合、未成年の子一人の相続分である8分の1については、母に相続させることは難しくなってしまいますので、どの遺産を未成年の子に取得させるかを含め慎重な検討が必要となります。

 

5. 生前に遺言書の作成や信託契約の締結を検討する

(1)遺言書の作成

前述のように、推定相続人の中に認知症の方や単独親権に服する複数の未成年者がいる場合に、法定相続分と異なる相続分による分配を遺産分割により実現するには煩雑な手続が必要となります。

 

相続放棄は一つの方法ではありますが、申述期間の制限や手続の手間がありますので、可能であれば生前の準備を検討しておきましょう。遺言書を作成すれば、法定相続分と異なる相続分を指定することができますので、遺産分割協議を経ずに相続人の一人に全ての遺産を相続させることができます。

 

遺留分を有する共同相続人がいる場合には、全ての遺産を一人に相続させる旨の遺言書を作成すると、遺留分侵害額請求が行われる可能性が残りますので、必要に応じてあらかじめ遺留分を考慮することも考えられます。

 

公正証書遺言を用いることが多いと思われますが、自筆証書遺言書保管制度を利用すれば、自筆証書遺言においても検認をせずに相続の手続を行うことができます。

 

(2)信託契約の締結

遺言書を残すことは有用ですが、遺産の相続人が認知症の場合、当該相続人は承継した財産を自分で管理することができません。遺産分割協議の問題は回避できますが、財産管理のために、後見人の選任が必要となる場合が多いといえます。

 

信託契約は、委託者が受託者に一定の目的のために財産を託し、委託者が選んだ受益者の利益のために、受託者がその資産を管理・運用・処分するという契約です。

 

生前に自己の財産を信託財産として、自己を委託者兼第一次受益者、信頼できる親族を受託者、財産を承継させたい認知症の推定相続人を第二次受益者とする信託契約を結ぶことで、委託者の死亡後も引き続き、親族が認知症の相続人のために被相続人の財産である信託財産を管理することができるようになります。

 

民事信託は最初の契約内容が重要ですので、契約時に同内容で信託の目的が達成できるか十分な検討が必要です。また、信託契約には裁判所の監督は及ばないため、誰を受託者にするかも慎重な検討が求められます(信託監督人、受益者代理人の設定も考えられます)。

 

(3)あてはめ

遺産分割協議を行わずに父の財産を全て母に相続させるのであれば、父の生前に、その旨を明示した遺言書を作成してもらいましょう。相続後の母の財産管理に不安がある場合は、生前に父の財産を信託財産として、父を委託者兼第一次受益者、子である私を受託者、母を第二次受益者とする信託契約を結んでおくことで、父の死亡後も引き続き、私が母のために父の財産である信託財産を管理することができます。

 

本件のような事例では信託の利用も有効と考えられますので、こちらも父の生前に検討しておくとよいでしょう。

 

〈執筆〉
濵島幸子(弁護士)
平成23年 弁護士登録(東京弁護士会)

〈編集〉
相川泰男(弁護士)
大畑敦子(弁護士)
横山宗祐(弁護士)
角田智美(弁護士)
山崎岳人(弁護士)

 

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※本連載は、相川泰男氏らによる共著『相続トラブルにみる 遺産分割後にもめないポイント-予防・回避・対応の実務-』(新日本法規出版株式会社)より一部を抜粋・再編集したものです。

相続トラブルにみる 遺産分割後にもめないポイントー予防・回避・対応の実務ー

相続トラブルにみる 遺産分割後にもめないポイントー予防・回避・対応の実務ー

相川 泰男

新日本法規出版株式会社

◆遺産分割時やその前後に想定される具体的なトラブル事例を分類・整理しています。 ◆①発生の予防、②更なる悪化の回避、③適切な対応という視点で道筋を示しています。 ◆「チェックポイント」により、調査・確認、検討す…

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