2. 後見開始申立手続を検討する
(1)成年後見制度
民法は、精神上の障害により判断能力が不十分な者の単独行為は取り消すことができるものとして、保護を図っています。判断能力低下の程度によって、後見、保佐、補助に分類され、行為に対する制限が異なりますが、それぞれ後見人、保佐人、補助人が選任されると、後見人等が被後見人等の財産管理等を行うことになります。
(2)判断能力に関する調査
認知症といっても判断能力低下の程度は様々ですので、まずは、判断能力低下の程度の確認が必要となります。主治医から話を聞く、診断書を作成してもらうなどして調査しましょう(本事例においては、以下、後見相当である場合を前提とします。)。
(3)後見開始申立手続
認知症により判断能力を欠いている場合、当該相続人が相続手続を行うには、後見人の選任が必要です。
後見開始の審判は、本人、配偶者などが申立権者です(民7)。後見開始の審判申立ては、被後見人となるべき者の住所地を管轄する家庭裁判所において行います。本人の判断能力に関する調査が必要な場合は鑑定費用の負担も必要となります。
審理の結果、後見開始が相当と認められると、後見人が選任されることになります。誰を後見人にするかは、被後見人の心身の状態、生活および財産の状況、後見人となる者の職業および経歴、後見人との利害関係の有無、被後見人の意見その他一切の事情が考慮されますが、被後見人の流動資産が高額な場合は、専門職が後見人や後見監督人として選任される場合が多くなります。
(4)あてはめ
遺産分割協議によって、認知症である母に全遺産を相続させるためには、子の私が後見開始申立手続を行う必要があります。遺産分割協議が不要な場合でも、相続税の申告や相続後の財産管理などのために、事後的に後見人の選任が必要となる場合も考えられます。
3. 相続人が後見人となって遺産分割協議を行う場合は、特別代理人選任申立手続を検討する
(1)後見人と被後見人の間に利益相反が生じる場合
利益相反行為に該当するかは、行為の外形から判断すべきであり、後見人の意図や当該行為の実質的効果等によって判断すべきではないというのが判例です(最判昭42・4・18民集21・3・671(親権者と子の事案))。
後見人は、被後見人との間に利益相反が生じる場合、適正な代理権行使が期待できないことから、後見監督人が選任されている場合を除き、被後見人のために特別代理人を選任しなければなりません。
共同相続人の一人である後見人が、同じく共同相続人である被後見人を代理して遺産分割協議を行うことは、利害対立が現実化されなかったとしても、行為の客観的性質上相続人相互間に利害の対立を生ずるおそれのある行為に当たるため、特別代理人の選任が必要となります(東京高判昭55・10・29判時987・49(親権者と子の事案))。
(2)特別代理人の選任申立手続
特別代理人の選任については、後見人に加え、親族その他利害関係人にも申立権があると解されています(法曹会決議昭37・2・28)。
申立権者は、後見開始の審判をした家庭裁判所に申立てを行います。遺産分割協議の場合は、利益相反行為の関係書類として、遺産分割協議書案を提出することになります。
審理の結果認容されれば、特別代理人が選任され、選任された特別代理人は、権限行使につき善管注意義務を負うことになります。
(3)あてはめ
後見人が専門職の場合など、利益相反関係に立たない場合は問題ありませんが、認知症の母の共同相続人である子の私が後見人に選任されている場合に遺産分割協議を行うのであれば、客観的には共同相続人間で利益相反が生じるため、私が特別代理人の選任申立手続を行う必要があります。