本質は生産性の問題
私たちは物価が上昇して、勤め先に何とか賃上げをしてほしいと願う。生活コスト増加の1万円分に対して、賃上げによる1万円の収入増加でカバーができればと思う。これは、極めて明快な理屈である。
それは正論なのだが、事情はそう簡単ではない。世の中は、皆が賃上げをし始めると、労働コストの増加分をそのまま価格に転嫁し始めるからだ。
世の中全体の変化を「マクロの変化」と呼ぶ。物価上昇率は、このマクロの変化だ。賃金が3%上がったとき、価格転嫁が進んで物価上昇率が3%上がってしまうと、実質賃金の上昇率は0%である。単なる賃上げでは、実質賃金が上がらなくなるという問題が起こる。
次に、その理屈を簡単に説明したい。多くの企業では、2021年頃から値上げを実施してきた。
輸入インフレによって原材料コストが上昇してきたからだ。企業にとっては、売上原価率が上昇すると、付加価値率(=付加価値÷売上)が圧縮される。だから、販売価格を引き上げて、付加価値率を一定に保つように、価格転嫁に踏み切ったのである。
これまで企業の価格転嫁の作用は働きにくいと見られてきたが、2021年以降の経験では必ずしもそうではなかった。仕入コストの増加は、販売価格にそれなりに転嫁されてきた。
食品などでは、1社が値上げをすると、他社も追随して値上げに走る。それまでの値上げはしないという横並びが崩れて、値上げするという横並びへと動かされた。
今後、賃上げによって人件費が増えると、企業はやはり値上げに踏み切るだろう。理由は、利益を維持するためには、人件費の上昇率と同じ程度に付加価値を上昇させて、労働分配率を一定に保とうとするからだ。
ここで考えたいのは、すべての勤労者が賃上げされると、物価が上昇してしまい、結局は実質賃金は上がらなくなってしまうという矛盾についてだ。このロジックは、経済学では「合成の誤謬(ごびゅう)」と言われる典型的なパラドックスである。
では、このパラドックスを前提にして、私たちはなすすべがないのだろうか。
この点について、筆者は打開の道があると考えている。それは、物価上昇率と賃金上昇率の間に、「生産性上昇」という伸び代があるので、それを高めていく。