自衛隊員も「ただ命令されるだけ」では動かない
指揮官(リーダー)が、「あの丘を攻撃!」と命令を下したら、自衛隊の隊員は何の疑いもなく突撃していくと思いますか?
もしかすると、そんなイメージを抱いている人もいるかもしれません。
ただ、現実はそんなに甘くありません。人間には、誰しも建前と本音があるように、自衛官にももちろん建前と本音があります。「国民を敵勢力から守る」「指揮官の命令に従い、任務達成をする」というのは、隊員の「建前」です。その一方で、隊員は、「この指揮官の命令は適切なのか?」という「本音」を常に抱いています。
部下隊員の「本音」が前面に出てしまい、「やってられないよ!」という不平不満があちこちで吹き出すようになると、部隊の雰囲気が悪くなり、最終的には機能不全に陥ります。これが「士気の低下状態」です。士気の低い部隊の隊員は、文句を言いながらダラダラと動き、到底戦える状態ではありません。最悪の場合は敗走します。
典型的な例が、日清戦争の日本軍と清軍の違いでしょう。日本軍は正規軍かつ歴戦の猛者が多く、国の将来のために命をかけて戦いました。対する清軍は、雇われの兵隊が多く、「ここで命をかけるのはバカバカしい」と思う兵隊が多かったそうです。結果的に、物量でも装備でも劣る日本の圧勝になりました。兵士の士気は目に見えない戦闘力なのです。
部隊の士気が下がった状態で、「命令だから動け!」と指揮官が怒ったところで、隊員は命令違反にならない程度にゆっくりと行動します。最悪の場合、指揮官が部下の隊員に、後ろから撃たれることさえあります。
読者のみなさんも、学校で「偉そうな体育教師に腹が立った」ことや、勤務先で「この管理職のためには頑張りたくない」という心情を抱いた経験が一度はあると思います。それと同様のことが自衛隊でも発生します。
つまり、指揮官の本当の仕事とは、「合理性のない命令に部下は従わない」と理解したうえで、「どうしたら部下が納得して戦えるか」を考えることであり、名指揮官とは、「不平不満のガス抜きが上手い人」とも言えます。
では、どうすれば部下が納得して戦うことができるのかを解説していきましょう。
【ポイント】「なぜやるのか」をよく理解させる(企図の明示)
■人は何のためにやっているかわからない」と考えた瞬間にやる気を失う
陸上自衛隊では、「『ここ掘れワンワン』では誰も穴を掘らない」という格言があります。
これは、日本昔ばなしの「花咲かじいさん」にたとえた教えです。犬がおじいさんに「ここ掘れワンワン」と言えば、おじいさんは、「わかった!」と一心不乱に穴を掘ります。
しかし、陸上自衛隊の演習で、説明もなく小隊長が、「ここに待避壕(身を守るための陣地)を掘れ」と自衛隊員に命令しても、隊員は「なんでここに掘るんだよ…」と思い、心にある「不平不満のスタンプカード」にスタンプが三つほど押されます。
とは言え、命令は命令です。隊員は、「穴掘れワンワン」に近い指示でも、待避壕を一応掘りますが、「構築のスピードが遅い」「必要な深さに達していない」「傾斜角度が違う」など明らかな手抜き工事が行われることがほとんどです。
小隊長が隊員にそれを是正するように指摘しても、「命令通りに構築したじゃないですか!」と隊員に文句を言われるのがオチです。
また、指揮官が部下から質問されたときに、最悪な回答として、「司令部に言われたから」があります。この回答をした瞬間に、「こいつは何も考えてないアホなんだな」というシビアな判断を隊員から下され、部隊の士気は地まで落ちることになります。
つまり、「何のためにやっているかわからない」と考えた瞬間に、人はやる気を失い、低クオリティなアウトプットになってしまいます。
そのような事態を防ぐために、陸上自衛隊では、「命令を出すときは企図の明示をしろ」と口すっぱく言われます。「企図の明示」とは、「なぜ行うのか」をしっかりと隊員に説明することです。
待避壕の例では、「ここに待避壕を作れば、いかに命が助かるか」というメリットを隊員にしっかり伝えることです。隊員が、「そうだな、ここなら死なないよな」と思うと、「死にたくない」という本音と「任務達成する」という建前のギャップが埋まり、真剣に待避壕を掘るようになります。
また、どうしても危険な任務を行う際は、「我々が命をかけることで、地域の市民(千人規模)を守れる」など、「命をかけるだけの価値がある」と伝えることによって、隊員の動きが大きく変わります。
この「企図の明示」は、民間企業でも通用する方法だと思います。「とにかくノルマを達成しろ」や「明日までに書類を提出しろ」という指示は「穴掘れワンワン」と同じです。
また、リーダーが部下にメリットを上手く説明できない場合は、自分もただ上からの指示だけで動いていると気づいた方がいいでしょう。リーダーになる人は、「自分の指示は『穴掘れワンワン』ではないか、企図は伝わっているか」ということを常に確認すべきだと思います。
【ポイント】相手の本音をよく理解しよう
■信頼関係がないと、どんな企図も「動く理由」にならないケースも
しかし、どんなに企図の明示をしても、なかなか動かない隊員もいます。これは、「指揮官のことを信頼していない」が要因の一つとして挙げられます。「何を言うかより、誰が言うか」と言われますが、「こいつの言うことは聞きたくない」と思われてしまうと、何を言っても相手の心に刺さらなくなります。
信頼関係がないと、任務の重要性や実行するメリットを伝えても、「どうせ点数稼ぎだろ」「上っ面だけの意見だな」とネガティブな反応をされかねません。
嫌いな担任の先生に、「あなたのためを思って言ってるの」と言われても、「よく言うよ」と反抗期の中学生が思うように、信頼関係を築けていないと、何を言っても聞く耳を持ちません。
では、相手の心に刺さるようにするにはどうすればいいでしょうか。それは、「相手の本音」をよく理解することです。
自衛官は、誰もが短髪で迷彩服を着用しているため、みんな同じことを考えているように見えますが、人間である以上、考えていることはそれぞれ異なります。同じ役職・年齢・階級であっても、仕事への思いや、プライベートの状況は同じではありません。「国家防衛にすべてを捧げたい人」がいるかと思えば、「結婚したばかりで早く帰りたい人」もいますし、何でも話してくれる人もいれば、「問題ありません」としか言わない人もいます。
人間は、「この人は自分のことをわかってくれる」という人に心を開きます。だから、「仕事よりも釣りが大事。休日には釣りに行きたい」という人がいても、「その気持ち、わかるなぁ」と、まずは否定せずに本音を受け止めてあげることが大切です。
どうしても本音を話してくれない人がいたら、その人と仲の良い人に話を聞くのも手です。そうした熱心さがあると、徐々に人間関係が構築できます。
時間のない場合は、その集団の隠れたリーダーと信頼関係を築くのも効果的です。「部族の長と仲良くなると、その部族のメンバーとも仲良くなれる」という法則がありますが、陸上自衛隊では隊員からの人望の厚い准尉・曹長の心をつかめれば何とかなることがよくあります。
いずれにしても、相手の本音をすぐに否定したり、ネットや雑誌で見かけた「Z世代・ゆとり世代の特徴」などを頼りに相手に接する指揮官は、信頼されません。何を言っても相手の心に届かなくなります。
■重要な場面ほど、リーダーによる「メンバーの心身管理」がモノを言う
ところで、そうした人間関係のわずらわしさなどをクリアするために、「今の戦争は優れたAIに指揮させた方がいいに決まっている」と思う人もいるでしょう。
しかし、ベトナム戦争時代のアメリカの国務長官ロバート・マクナマラは、フォード社の社長としての前職の経験を生かし、「統計とデータ分析」よって戦争に勝利しようと考えましたが、結果的に失敗しました。
原因はさまざまありますが、私が思うには、人の生き死にがかかる戦場においては、指揮官の隊員の心身の管理が最も重要であり、生産台数と売り上げ台数を統計学的にマネジメントしていく世界とはまったく別物なのです。そもそも、AIの指揮官の「データとして正しい行動」に自分と仲間の命を託す兵士なんて、きっといないでしょう。人間の気持ちはそんなに単純ではないですからね。
ぱやぱやくん
防衛大学校卒の元陸上自衛官。退職後は会社員を経て、現在はエッセイストとして活躍中。名前の由来は、自衛隊時代に教官からよく言われた「お前らはいつもぱやぱやして!」という叱咤激励に由来する。著書に『今日も小原台で叫んでいます 残されたジャングル、防衛大学校』『陸上自衛隊ますらお日記』(どちらもKADOKAWA)、『飯は食えるときに食っておく 寝れるときは寝る』(育鵬社)などがある。
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