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護身術の極意は「危ないところに行かない」こと
世の中には、「暴漢に襲われたらどう対処するか」という護身術が多くあります。
ですが、護身術の極意は「危ないところに行かない」ことだと思います。治安の悪い繁華街や、深夜の人気のない道などを避けるだけで、暴漢に襲われるリスクは大きく減ります。
自衛隊でもそれは同じです。自衛官は決して、あえて危険なところに飛び込む命知らずではありません。敵の監視網や敵の砲弾の届く距離などを綿密に計算して、最も安全に行動できる最善の手段を常に考えています。つまり、極力危険は排除して、それでも必要があるときのみ、手段を講じるのです。
もし襲われたら「逃げる」が基本
もしも、暴漢に襲われたときは、「逃げる」という選択肢が基本です。暴漢は興奮状態にあることが多く、痛みを感じにくくなっているため、素人の打撃では効果が出にくく、かえって相手を刺激することになりかねません。
また、相手は何を持っているかわかリません。興奮した相手がナイフで襲いかかってきたら、まず素手では勝てません。
陸上自衛隊の格闘においても、「ナイフの対処術」などを訓練しますが、防弾・防刃チョッキを着用しない場合ではリスクがかなり高まります。知り合いの格闘教官でさえ、「ナイフを持ち、興奮した暴漢に勝てる確率は五分以下」と語っていたので、素人ではまず勝てないでしょう。つまり、ナイフを持った素人は格闘教官並みの戦力があるということです。
ちなみに、国際人道法にもとづくと、平時において駐屯地に特殊戦闘員1名がナイフのみで攻撃してきた場合においても、小銃を持った一般的な戦闘員と同格かそれ以上の戦闘力を持っていると考えられるため、小銃で射殺しても非人道的行為として見なされないと法律専門の教官から教わったことがあります。
つまり、ナイフ一つでも使い手によっては小銃以上の武器になりうるということです。なので、ナイフを持った暴漢に勝つことは、素人では無理でしょう。
余談ですが、暴漢の「刺すぞ」「殴るぞ」という発言は、「刺したくない」「殴りたくない」という相手の意思表示であると言われています。本当に危害を加えるつもりであれば、何も言わずに殴ってくるからです。
格闘教官は、「威嚇すると相手にアドレナリンが出て殺傷効果が下がるから、リラックスしているところに首の太い血管に一撃入れて、一瞬でキメるのがプロだね」と語っていました。つまり、威嚇とは犬が喧嘩したくなくて吠えるのと一緒ということです。
「暴漢に襲われたときの対策」5選
それでは、暴漢に襲われたときの対策について紹介しましょう。
【護身術①チャンスがあればすぐに逃げる】
戦うことを考えてはいけません。まずは、とにかく逃げ道を考えてください。少しでも走ることができれば、場所が変わり、状況が変わる(人通りが多い、道が開けている)ので、チャンスが生まれます。
【護身術②相手から目をそらさない】
動物は、本能的に同類を殺すことが難しいと言われており、目が合っているかぎりは心理的な抵抗が働きます。また、目を見ることで相手の行動をある程度把握することができます。しかし、おびえて目をそらし、不用意に背中を向けてしまうと、相手にとって「獲物」になります。怖くても可能なかぎり、相手の目を見ましょう。
【護身術③人を呼ぶ】
人通りがあるところならば、「助けてくれ!」と被害者であることを大きくアピールしましょう。恥ずかしがる必要はありません。人が大勢来ると、暴漢の気持ちが冷め、相手の方が逃走する可能性が高まります。
【護身術④相手を笑わせる】
他に手段がなく、どうしようもないときは、「相手を笑わせる」が最終手段です。
私の知り合いの大学教授は、ニューヨークでピストルを持った4人組ギャングに車で拉致されたとき、「もう、どうせ死ぬのなら、ジョークの一つでも言ってやれ」と思って、
「ここで死ぬのは私の運命だと思うが、せめて死ぬ前に、寿司を食べさせてくれないか? ニューヨークの寿司が日本と比べてどんなにマズいか知りたいんだ」
とアメリカンジョークをかましたところ、相手にバカウケして、そこから気分が良くなってジョークをくり返したところ、お金も取られずに解放されたことがあるそうです。
格闘教官も、「戦時中でない状況なら、バカを演じて相手の敵意を失わせる手段も有効」と言っていたので、最終手段としてはいいのかもしれません。
【護身術⑤自分が笑う】
危険なときに、あえて笑うと、自分の気持ちに少し余裕が出ます。そのうえで、どうすれば良いか考えましょう。ただし、相手に逆上される可能性もあるので、最後の手段にしておきましょう。
どんなに弱そうでも、暴れている人に一人で対処しようとしない
車に180km制限が付いているのと同じように、人間にも「リミッター機能」が付いています。100%の力を発揮して身体を動かしてしまうと、筋肉や骨に大きな負担がかかり、ケガをしてしまうからです。意識的に「これが全力だ!」と筋力を発揮しても、筋力はまだフル活用されていないため、意識的には全力を出すことが難しいとされています。
しかし、意識的には全力を出せなくても、ピンチになるとリミッターが外れて、信じられないほどの力を発揮することがあります。それが、火事場の馬鹿力です。「生きるか死ぬか」の状況になると、アドレナリンが大放出され、潜在的な運動能力が開放されるため、普段では出せない力が出るのです。
災害に遭ったときに、大きな冷蔵庫を一人で運んだり、ケガ人を担いで走ったりと、日常ではありえないパフォーマンスを発揮することができます。
一方で、こうした力は、たとえば追い詰められた犯罪者も発揮することがあります。興奮状態にある麻薬中毒者なども、ありえない力を発揮するため、いつも鍛えている警察官でも一人では抑えることができないと聞いたことがあります。
もし、あなたに護身術の心得があっても、街中で暴れているような人に対応するのはかなり危険です。相手がどんなに弱そうであっても、極度の興奮状態で暴れている場合は、決して油断してはいけません。一人で対応すると、大ケガをするどころか、命を落としてしまう可能性があります。
医療関係者から聞いた話では、せん妄状態にあるおじいさんや、てんかんの発作を起こした少年は、すさまじいパワーで暴れるため、複数人で全力で抑えないと対応できないそうです。
リミッターの外れた人間の力は、常人の域を超えているため、相手の力を見た目だけで判断することはやめた方がいいでしょう。素手で対応が難しいのはもちろんのこと、口径が小さくパワーの弱い拳銃では、相手を撃っても倒れずに、そのまま襲いかかってくることさえあります。
特に恐ろしいのは麻薬中毒者です。恐怖心が一切なくなり、フルパワーで襲いかかってくるゾンビのような麻薬中毒者には、複数の警察官による射撃をし、一撃で仕留めないと危険と言われています。
暴れている人間は、すぐに倒せると思わず、複数人で対応してようやく取り押さえられると覚えておいてください。
護身武器には「催涙スプレー」が便利。制汗スプレーで代用可能
なお、私が考える最大の護身武器は、「催涙スプレー」です。
陸上自衛隊では、「NBC兵器(Nuclear weapon=核兵器、Biological weapon=生物兵器、Chemical weapon=化学兵器)」の教育を全隊員が受けます。
新隊員は、ガスマスクと催涙ガスの威力を実感するために、催涙線香(人体には無害)を焚いたテントにガスマスクを着けて入ります。そして、教官の「外せ」という合図で外します。新隊員は、刺激煙により涙と鼻水で顔中がぐしゃぐしゃになり、もがき苦しみます。
この経験をした私は、「催涙剤は強い」と実感しました。どんなに鍛えられた人間であっても、粘膜を刺激する催涙剤は効果的です。予想外の攻撃に暴漢は悶絶することでしょう。
ただし、催涙スプレーは、不用意に屋外で持ち歩くと、軽犯罪法に抵触する可能性があります。軽犯罪法には、「正当な理由がなくて刃物、鉄棒その他人の生命を害し、又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具を隠して携帯していた者」という条項があるからです。
ですので、持ち運びの際は「正当な理由」が必要になります。自宅での護身用であれば、正当性は認められるので、女性の一人暮らしなどでは持っておくといいでしょう。
なお、催涙スプレーがなくても、人間は制汗スプレーでも殺虫剤でも目にかけられたら単純に染みるので、一瞬ひるみます。そのスキに逃げるのも手です。
ぱやぱやくん
防衛大学校卒の元陸上自衛官。退職後は会社員を経て、現在はエッセイストとして活躍中。名前の由来は、自衛隊時代に教官からよく言われた「お前らはいつもぱやぱやして!」という叱咤激励に由来する。著書に『今日も小原台で叫んでいます 残されたジャングル、防衛大学校』『陸上自衛隊ますらお日記』(どちらもKADOKAWA)、『飯は食えるときに食っておく 寝れるときは寝る』(育鵬社)などがある。
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