パブライがダクシャナの教室を訪ねるときには、雰囲気をほぐすためにいつも同じ数学の問題を出す。正解した生徒はこれまで全員がIITに合格しているので、優秀な者を見定めることもできる。
誰も解けないような難問で、パブライもスィルバーサー高校の生徒のなかに解ける者がいなくても仕方がないと思う。それでも、教室前方の黒板にチョークで問題を書いていく。「nは素数で、n≧5である。n2−1がつねにで割りきれることを証明せよ」 。そうして、薄っぺらいプラスチック製の椅子にもたれ、生徒たちが必死に答えを導きだそうとするのを見守る。
この派手で人目を惹く人物──長身でがっしりした体格、薄い頭髪に立派な口ひげをたくわえ、ダクシャナのロゴ入りスウェットシャツとピンクのジーンズといういで立ちの投資家──は生徒たちにどう映っているのだろう。
声をあげた1人の少女
10分が経過して、パブライが声をかける。「解けそうな人はいるかな?」アリーサという15歳の女の子が声をあげる。「サー、筋道だけなのですが」 。おずおずとして自信がない様子だが、パブライは教室のまえへ来て解答を見せるように言う。アリーサは白い紙を渡すと、パブライのまえで下を向き、おとなしく判定を待つ。頭上の壁には、ぎごちない英語でこんな意味の標語が掲げられている。「自分を信じるかぎり、何物にも誇りを奪われることはない」。
「正解だ」パブライが言う。アリーサと握手をすると、解答をみんなに説明するよう促す。のちにパブライから聞いたところでは、それはIITの入試で上位200人に入れるほどのじつにエレガントな解き方だった。パブライはアリーサに「合格確実だ」と伝える。「あとはしっかり勉強を続けることだよ」 。
クラスが終わってから私は、彼女がインドでも最貧地区のひとつであるオディシャ州ガンジャム地区で育ち、「社会的および教育的に後進な諸階級」と政府が位置づける層の出身だと知る。まえに通っていた学校では、彼女は80人の生徒のなかでトップの成績だった。