刑事裁判は“疑わしきは罰せず”…しかし、マルサの狙いは別に
一般的には、多額の給与を調査権限がおよばない海外口座で受け取り、源泉徴収されていると思っていたとの主張は通らない。申告しなかった額が3年間で3億5,000万円もあれば、20%の源泉徴収としても7,000万円にもなる。
マルサからすれば、これだけの差額に気づかないのは外国為替の変動を考慮しても納得できない。しかし、刑事裁判の原則は「疑わしきは罰せず」だ。
このケースでは、外国に開設した自分の口座で給与を受け取っていただけで、そこにはなんら仮装、隠ぺい行為はない。しかし、マルサは「脱税の意図」を見つけ出すために強制調査が必要と判断した。
結局、確たる証拠を見つけ出すことができずに敗訴となるが、調査対象者が300人もいるなか、いかに申告漏れが突出しているからとはいえ、ひとりだけに刑事罰を負わせるのは公平の観点からも問題があると裁判官が判断したのだろうと筆者はみている。
ところがマルサの真の狙いは別にあった。当時、ネットの普及によって、FXで巨額の所得を得ながら故意に申告をしないケースが散見されていた。海外証券にFX口座を開設し、資金を海外に保管していれば見つかる可能性は小さい。
もし見つかっても、自分名義の口座でトレードしていれば「仮装、隠ぺい行為をしていない。脱税する意図はなかった」と言い逃れができる。これで罪に問われないなら、課税の公平の観点からあまりに不合理だ。
「故意の申告書不提出」による脱税犯
そこで、国税庁査察課が5年越しで要望し続けた対応策が「故意の申告書不提出によるほ脱犯(単純無申告ほ脱犯、懲役5年以下、罰金500万円以下)」だ。これにより、仮装、隠ぺい行為がない無申告でも取り締まることができるようになった。
セットで整備した国外財産調書に記載がなければ即アウト。「脱税の意図あり」と判断(ほ脱犯)され、懲役10年以下、罰金1,000万円以下の罰則が適用される。
つまり、すべてがマルサの想定内。仮にストックオプションで実刑判決が出なくても、裁判で海外取引の問題点をあぶり出し、法改正につなげることが狙いだったのだろう。
マルサの最高会議である強制調査の着手前検討会で、もし「脱税の意図」が見つからなければ、厳しい結果になることを議論している。なぜなら「無申告ほ脱犯の構成要件」は、査察官全員が必ず受ける研修のメインテーマであり、偽りその他不正の行為がない単純無申告犯を裁くことができないことは、国税査察官の共通認識だった。
転んでもただでは起きないのがマルサだ。税法のほころびを見つけ出して行われる脱税。その網の目を封じるための強制調査だったと考えれば、すべて合点がいく。
上田 二郎
元国税査察官/税理士
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