調査官も思わず「本当に裏金なの?」…200万円以下を「50回以上に分けて」海外から受取。税関の目をすり抜ける「まさかの脱税手法」【元マルサの税理士が解説】

調査官も思わず「本当に裏金なの?」…200万円以下を「50回以上に分けて」海外から受取。税関の目をすり抜ける「まさかの脱税手法」【元マルサの税理士が解説】
※画像はイメージです/PIXTA

2003年、BSE(牛海綿状脳症)によってアメリカ産牛肉が輸入停止となった際、実は日本でこの騒動を悪用した「脱税スキーム」が流行り、脱税事件が多発していたと、元マルサの税理士である上田二郎氏はいいます。筆者の実体験から、当時日本で起きていた“巨額の脱税事件”の裏側をみていきましょう。

吉野家から牛丼が消えた…2000年代前半の「大事件」

2004年2月、吉野家が一筋に守ってきた牛丼に別れを告げ、最後の牛丼を惜しむ人が長い行列を作った。アメリカで発症したBSE(牛海綿状脳症)。その陰で総額2,000億円もの関税が蒸発したと噂される。

 

海外で行われる脱税には調査権限がおよばないため、空振り覚悟の強制調査だった。しかし、この事案の解明によって外為法が改正され、国外送金等調書の基準が200万円から100万円に引き下げられた。

 

国外送金等調書とは、日本の金融機関を通じて海外との送受金があった場合に法定調書が提出される仕組みで、日本を出入りするお金を監視するために設けられている。

 

そして、海外で行われる脱税に危機感を抱いた国税が、国外財産調書やCRS(非居住者の金融口座情報を税務当局間で自動的に交換するための国際基準)などの監視制度を矢継ぎ早に整えるきっかけになった脱税事件の話だ。

『情報検討会』は大紛糾

強制調査の着手前に行われるマルサの最高会議『情報検討会』の席上、脱税は間違いないと主張する内偵班と、内偵調査の弱点を追及する実施班が鋭く対立した。

 

実施担当「君たちの言っていることは理解できなくもないが、状況証拠だけでは話にならない。海外から預金を移管しただけで、預金原資の発生はいつだ。時効かもしれない。そもそも、本当に脱税資金? 宝くじでも当たったんじゃないの……」

 

内偵担当「当選金などありえない。正当なお金なら200万円以下にして50回以上も送る理由がない」

 

実施担当「強制調査と言ってもアメリカの食肉会社も海外の銀行も調査できない。協力を拒否されたら証拠収集ができない。脱税の手段はどう考えているの? 調査で輸入価格の吊り上げを否認しても同額の差額関税が賦課される。法人税の脱税は成立しないぞ」

 

筆者「アメリカの食肉会社と日本の輸入業者を結び付け、差額関税の脱税スキームを構築した成功報酬です。裏報酬をスイスの銀行に振り込ませているものと考えています」

 

当時、マルサでは海外脱税の端緒を見つけても、「実施班が拒否するから余計なことはするな。時間の無駄だ」と先輩査察官から言われていた時代だ。

 

しかも、これまでマルサが一度も強制調査をしたことがない『外-外(そとそと)取引』(脱税が海外で行われ、脱税資金が海外にあるケース)だ。

 

解明の端緒となったのは、国内の外資系銀行に開設したF社代表の預金口座。口座にはスイスの銀行から送金者が分からない操作をした入金がある。残高は約1.8億円。しかも、口座から出金したお金のほとんどが国内不動産の取得費に充てられている「タマリ口座」だ。

 

当時、国外送金等調書の報告基準は200万円。そのギリギリの額で50回以上も送金してきているのだが、たった2度、ほんの少しだけ200万円をオーバーする送金があったため、国外送金等調書に引っ掛かった。

 

顧客情報の保護が厚いスイスの銀行から送金者を隠して振りこんでくることや、ギリギリの額で送金したものの予期せぬ円安で200万円を超えてしまったと説明しても、「本当に裏金なの? 裏金にしては少し脇が甘いんじゃない?」と実施班が納得しない。

 

喧々諤々の議論に終止符を打ったのは、税関の経験があって差額関税制度を熟知し、税関で取り締まることができなかったことを苦々しく思っていたニバン(情報担当次長)だった。

※国税の隠語。イチバン(査察部長:財務省採用のキャリア官僚)、ニバン(情報担当次長:国税庁採用のキャリア官僚)、サンバン(実施担当次長:マルサ出身者の指定席。上がりポスト)

 

内偵班と実施班の論戦を黙って聞いていたニバンが、突然、「差額関税制度を悪用した脱税で間違いない。海外事案で証拠収集が難しいかもしれないが、これだけのお金が還流してくるならやってみる価値がある」と発言し、内偵班の敗戦ムードが一変した。

 

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