私は少し気にしながらも「お伺いしたいのですが、幹雄さんと奥様はご自身たちの老後をどのようにして欲しいか、お子様にお話ししたことはございますか?」と質問をしました。
「家の話をしに来たんじゃないの?」と幹雄さんご夫婦は少し拍子抜けした表情をしていましたが、「老後のこと…今までそんな話、子供たちにしたことないです」と奥様は小さな声で答えました。どうやらご主人も同じだったようで、奥様が「あなたもそうよね?」と幹雄さんに聞くと、「あぁ」と静かに答えました。
「ご夫婦の老後は老人ホームなどの施設で過ごしたいのか家で過ごしたいのか、もし命が危ない状況になったら延命治療を希望するのかしないのか。このようなお話し合いは、元気なうちにしかできないので、今のうちにお子様にどうして欲しいのか伝えておくことはとても大切です」
私がそう話すと、幹雄さんご夫婦の表情が一気に変わり、「確かにそうよね」と納得された様子でした。
「実は、このご自宅の売却に関しても同じことが言えます。この家を売る場合、家は長男、次男どちらが引き継ぐのか。まだ決まっていないとなると、これについても話し合う必要があります」
「そんなこと…大変お恥ずかしいのですが、まだ決めていませんでした」奥様はぽつりと小さな声で答えました。
「ではまずは家の話の前に、幹雄さんご夫婦がどんな老後を過ごしたいのか、お伺いしてもよろしいでしょうか?」私が尋ねると、奥様は「私は、元々周りに迷惑をかけたくないと思うから、施設などに入れてくれて構わないと思っています」ときっぱりと答えてくれました。
「あなたはどうなの?」奥様が尋ねると、幹雄さんは「お前がそう思っているなら、俺も一緒で構わない」と言葉少なに答えてくれました。
奥様はその答えにかぶさるようにして「だって、今どき親夫婦と一緒に住みたい子供なんていないじゃないですか。だったら、子供たちに世話をかけないためにも、私たちは私たちで、子供たちは子供たちで住んだ方がいいじゃないですか」と笑顔で話をしました。
「俺は一緒に住みたいと思っている」
私は、そんな二人の返答を聞いていた長男は実際どう思っているのか、聞いてみたいと思いました。
すると長男は、「俺は…、俺は父さんと母さんと離れて暮らして心配するくらいなら、一緒に住みたいと思っている」と答えたのです。想像していなかった返答に、幹雄さんご夫婦はかなり驚いたようで、一瞬部屋には沈黙の時間が流れました。
「ちょっと、あんた。それ本気で言っているの?」
奥様が問いかけると、長男は「実はずっと前から、父さんと母さんに何かあったらすぐ駆け付けられないから、いつか一緒に住めたらいいなと思っていたんだ。俺は本気で思っているよ」と答えました。
話を聞くと、長男が今住んでいるところから幹雄さん夫婦の家まで車で数時間かかるところに住んでいました。そのため、何かあったときにすぐに駆けつけることができないことをずっと気にしていたというのです。また、長男ご夫婦は元々共働きをしており、長男の奥様はそろそろ職場復帰をしたいと思いながらも子供の保育園がなかなか決まらず、復帰したくてもできない状況に陥っていました。
「一緒に住めば父さん母さんに子供を預けて嫁も働きに出られるし、何かあってもすぐに行くことができるだろ? それにこの思い出深い家を手放すより、このまま思い出を作っていった方がいいと俺は思うんだ」
そう話す長男に、奥様は少し目に涙を溜めながら「そんな風に思っていたなんて、考えてもみなかった…」と声を震わせながら答えました。
そんな親子のやりとりを見ていた私は、マンションを購入するお金で家を二世帯にリフォームして住むことを提案しました。