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法改正に伴い、近年企業における「パワハラ」はより厳格に取り締まられるようになってきました。本連載は、弁護士である山浦美紀氏の著書『パワハラのグレーゾーン-裁判例・指針にみる境界事例-』(新日本法規出版)より、一部抜粋して紹介。実際の現場で起こり得る企業のグレーゾーンな事例を取り上げながら、弁護士が分かりやすく解説します。

「労働者の就業環境が害される」言動かどうか

しかし、上司としては、「出来が悪い」とか「何をさせてもダメだな」は懇親会の挨拶の席上で冗談程度で発した言葉であり、これが、「労働者の就業環境が害される」言動かどうかが問題となります。

 

「労働者の就業環境が害される」言動か否かは、「平均的な労働者の感じ方」を基準に判断されます。また、パワハラ運用通達第1・1(3)イ⑥によれば、「言動の頻度や継続性は考慮されるが、強い身体的又は精神的苦痛を与える態様の言動の場合には、一回でも就業環境を害する場合があり得る」とされています。

 

「出来が悪い」「何をさせてもダメだな」という言葉は侮辱的な発言であり、また、多数の人がいる面前で発せられたこともあいまって、一回でも強い精神的苦痛を与えかねない発言です。したがって、平均的な労働者を基準とした場合、「労働者の就業環境が害される」言動と言えるでしょう。

 

したがって、本事例での上司による懇親会の挨拶の席上での発言は、パワハラに該当します。

上司が部下と1対1の場で発言した場合

なお、「出来が悪い」「何をさせてもダメだな」と多数の人がおらず、上司と部下の1対1の対面で発言した場合も、パワハラに該当するでしょうか。

 

日頃から目をかけている部下に対し、頑張ってもらおうと奮起させることを目的として、1対1の場で叱咤激励することは、「業務上の必要性」は認められます。

 

しかし、奮起させることを目的としているのであれば、「出来が悪い」というような抽象的な言葉ではなく、「〇〇の点ができないから、△△の資料を参考にして改善せよ」と言ったり、「何をさせてもダメだな」という人格否定的な発言ではなく、「〇〇の業務成績が△△足らない」とか「〇〇の業務の△△のスキルを身に付けるように」等、具体的なアドバイスをすべきです。

 

「平均的な労働者」を基準とすれば、上司から「出来が悪い」「何をさせてもダメだな」と冗談まじりに言われたとしても、一回だけの言動であれば、「辞めてもらうしかない」とか「殺すぞ」といった発言と比較すると、さほど強い精神的苦痛を受けるものではないと判断されます。

 

しかし、このような発言が継続的に繰り返された場合には、強い精神的苦痛を与える言動であるとの判断に傾いていきます。たとえ、上司と部下1対1の対面の場面の発言であったとしても、「出来が悪い」「何をさせてもダメだな」というような抽象的で人格否定的な言葉を継続的に投げ掛けた場合には、パワハラに該当するといえます。

 

指導するのであれば、業務上の必要性に応じた個別具体的なアドバイスをすべきです。

実際の裁判例では

日本ヘルス工業事件(大阪地判平19・11・12労判958・54)は、部下が過重労働と上司からの不適切な発言によりうつ病を発症した事案です。この事案では、東京本社で行われた研修会後に、研修参加者全員(代表取締役社長ほか役員も多数出席)が出席する懇親会が開かれたところ、会社の東京本部長である取締役が、懇親会終了のスピーチの際、参加者全員の面前において、部下のことを

 

「俺が仲人をしたのにAがあり、頭がいいのだができが悪い」

 

「何をやらしてもアカン」

 

「その証拠として奥さんから内緒で電話があり『主人の相談に乗って欲しい』と言った」

 

などと発言しました。

 

なお、このスピーチの途中、社長が見かねてスピーチを止めさせようとしたほどでした。部下は、その後、自殺するに至りました。

 

裁判所は、この挨拶について、「酔余の激励とはいえ、『妻が内緒で電話をしてきた』などと、通常、公表されることを望まないようなプライベートな事情を社長以下、役員や多数の人の面前で、暴露し、『できが悪い』、『何をやらしてもアカン』などと、通常『無能呼ばわり』されたと受け取ることもやむを得ないような不適切な発言をしたものであり、社長等がそろった席で行われたことによる、部下の心理的ショックは極めて大きなものである。

 

職場において日常的に見受けられる職場のストレスと一線を画するものといえ、言われた者にとっては、にわかに忘れることの困難な、かつ明らかなストレス要因となる発言であり、社会通念上、精神障害を発症ないし増悪させる程度に過重な心理的負荷を有する」と判断しました。

 

上司は、冗談のつもりの叱咤激励であったかもしれませんが、その言動がパワハラに該当することもあります。宴席のような現実に多数人がいる場面以外であっても、例えば、メールで当該部下を含む複数の部下に対して、他人に見せしめのような形で侮辱的な言葉を用いて叱責すること(参考となる裁判例として、A保険会社上司(損害賠償)事件(東京高判平17・4・20労判914・82))は、名誉毀損や侮辱に該当するおそれもありますし、不適切な手段を用いた指導であってパワハラに該当します。

 

 

山浦 美紀

鳩谷・別城・山浦法律事務所

弁護士

パワハラのグレーゾーン-裁判例・指針にみる境界事例-

パワハラのグレーゾーン-裁判例・指針にみる境界事例-

山浦 美紀

新日本法規出版

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