量的金融緩和の修正としてのYCC
しかし2014年の5%から8%への消費税増税、2015年のチャイナショックによる世界的景気減速とデフレ圧力の高まりにより世界的に長期金利が大きく下落、一時は世界全体の長期国債利回りの3割強がマイナスに陥るという事態となった。日本の長期金利も2016年には0%以下に下落した。
銀行経営は短期金利で資金を調達し長期金利で資金を運用し、両者の利ザヤを得ることで成り立っているため、長期金利がマイナスになると経営が成り立たなくなる。
この銀行救済のための苦肉の策が2016年9月に導入されたYCC(イールドカーブコントロール)である。短期金利をマイナス(▲0.1%)に10年国債利回をプラスに(0から0.25%)に固定化することで、銀行の利ザヤが確保された。
ここで問題が生じた。マイナスの長期金利を押し上げるためには、量的金融緩和にブレーキをかけ、国債購入を減らさなければならない。それを市場が金融緩和の後退ととらえれば、円が急騰しデフレを深刻化してしまう恐れがある。
日銀は苦肉の策として、金融緩和の手段を再び金利政策に移し、量的金融緩和の縮小が円高に結びつかないような手立てを講じたのである。2016年まで日銀の理事として政策に関わったみずほリサーチのエグゼクティブエコノミストの門間一夫氏は、その新たな金融緩和政策の枠組みがYCCであったと解説している。
2016年当時、日銀の資産増加ペースにブレーキがかかっていることを訝しく感じたエコノミストは武者リサーチをはじめ多数いたが、それが量的金融緩和の後退とは誰も主張しなかった。日銀が新次元の金融緩和としてYCCを大々的に宣伝したことで、目くらましを食らったのである。よって日銀の資産購入の手控えが円高圧力として認識されることもなかった。
証明される日銀の「当事者能力」
このような経緯で生まれたYCCは、長期金利が恒常的にプラスになり、むしろ上昇圧力が強まっている現在、歴史的役割はほぼ終えているといえる。
周到な準備の下、秩序だった出口への誘導としての2回のYCCの変更は、日銀が十分な対応能力を持っていることを示した。1992年英国イングランド銀行はジョージ・ソロスの投機に負けてERM(欧州為替相場メカニズム)からの離脱を余儀なくされた。当時のイングランド銀行は利下げによる景気対策と、ERMが求める通貨高の維持の2律背反状況に追い込まれていたが、いまの日銀にそのようなディレンマは存在していない。
なお異次元の金融緩和やYCCに対する批判として、①ゾンビを温存させる、②財政規律を弱める、③資産バブルを作る、④円暴落を引き起こす、等が挙げられているが、それらは言いがかりに近いものが多く、また切実なものではまったくなく、当面の日銀の政策遂行の妨げにはならない、と付言しておく。
武者 陵司
株式会社武者リサーチ
代表
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