政府、最低賃金を大幅に引き上げる方針
今年度の最低賃金(時給)について、中央最低賃金審議会(厚生労働相の諮問機関)の小委員会は7月28日、引き上げ額の目安を全国平均で41円と決めました。これにより、最低賃金の全国平均が1,000円を上回ることになりそうです。
「最低賃金の引き上げは、恵まれない人への恩恵となるので歓迎だ」「昨今の物価上昇で苦しんでいる非正規労働者の生活が少しでも改善するなら、喜ばしい」と考える人も多いでしょう。
筆者も、恵まれない人が恩恵を受けることは喜ばしく思います。しかし、最低賃金の引き上げが恵まれない人に恩恵となるとは限りません。失業者が大勢いるときに最低賃金が上がれば「それなら雇わない」という企業が増え、さらに失業者が増えてしまう可能性が高いからです。
「物価が上がっているのだから、最低賃金も当然上げるべき」という考え方も、それがいいとは限りません。物価が上がっていても失業が多いときには、最低賃金の引き上げがさらに失業を増やし、恵まれない人を更に苦しめることになる可能性があるからです。
現在は失業率が低く、労働力不足ですから、最低賃金が上がっても失業者が増えることは考えにくいので、結論としては筆者も喜ばしいと考えていますが、後述のような留意点(将来の不況時には最低賃金を下げるべき)は重要だと考えています。
「労働力不足」は「賃上げ不足」とイコールである
経済学の第一歩は、「需要と供給が一致する所に価格(値段)が決まる」ということです。需要というのは買い注文、供給というのは売り注文のことで、両者が一致する水準は均衡価格と呼ばれます。
労働力については求人数(労働力需要)と働きたい人の数(労働力供給)が一致する所に賃金(労働力の価格)が決まる、ということで、両者が一致する水準は均衡賃金と呼ばれます。
そうしたことを考えると、そもそも労働力不足という言葉は不思議な言葉です。均衡賃金水準においては、求人は満たされるはずですから、労働力が不足することは考えにくいのです。
均衡賃金より低い水準で求人広告を出している人が「応募がない」と嘆いているのを「労働力不足」と呼んでいるのだとすれば、「1円でダイヤモンドを買いたいが、売ってくれる人がいない。ダイヤモンド不足だ」と言うのと同じことですね(笑)。
つまり、労働力不足ということは賃上げ不足だ、ということなのですね。自分の求人が均衡賃金より低いことに気づいていない経営者が多いとすれば、強制的に賃上げをさせて必要な労働力が確保できるようにしてあげる、というのは親切なのかもしれません。労働者にとってはもちろん嬉しいことですから、Win-Winの関係になるわけですね。
なかには、自分の求人が均衡賃金を下回っていることを知りながら、「情報弱者の非正規労働者が応募してくるかもしれない」などと考え、安い時給の求人を続けている輩もいるかもしれませんが、そうした輩にこそ賃上げを強要すべきでしょう。
そんな求人に応募してしまう情報弱者にも問題がないとはいいませんが、どちらを助けるかと言えば、応募してしまう方を助けるべきでしょう。
ちなみに、職種等によって均衡賃金は異なるので、最低賃金よりも均衡賃金が高い職種も多いわけで、そうした職種には最低賃金の引き上げは直接には影響しませんが、それでも最低賃金が引き上げられれば「ところてん式」に賃金が上がっていくと期待しましょう。
次の不況期には「引き下げ」を忘れずに
最低賃金は高いほど労働者にとって喜ばしい、というものではありません。均衡賃金より最低賃金が高いと、求人数が働きたい人の数を下回り、失業が増えてしまうからです。
したがって、次に不況が来て失業が増えたら、柔軟に最低賃金を引き下げなければなりません。労働者(および労働者の利益を代弁する人々)が引き下げに反対することも予想されますが、反対すれば失業が増えるだけなので、素直に受け入れる方が良さそうです。
問題は、景気が悪化してから最低賃金を引き下げても遅い、ということです。最低賃金が引き下げられても、経営者が「それならば雇用を増やそう」と考えるようになるまで、時間がかかるからです。
したがって、景気を予想して「景気が悪くなって失業が増えそうだから、あらかじめ最低賃金を下げておこう」という対応が望ましいわけですが、それは容易なことではありません。
日銀の金融政策が正常なときであれば、「日銀が金利を引き上げたら最低賃金も引き上げ、日銀が金利を引き下げたら最低賃金も引き下げる」といったことが可能かもしれません。日銀は優秀な景気予想担当者を大勢雇っていて、「景気が悪くなりそうならば金利を下げ、景気がよくなりそうなら金利を上げる」場合が多いので、彼らの予想を利用させてもらおう、というわけです。
今は日銀の金融政策がゼロ金利で固定されているので、残念ながら日銀の金融政策を利用することができません。しかし、日銀は景気判断を定期的に発表していますから、それを利用することは可能だろうと思います。
今回は、以上です。なお、本稿はわかりやすさを重視しているため、細部が厳密ではない場合があります。ご了承いただければ幸いです。
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塚崎 公義
経済評論家
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