上級管理職の転職で怖いところ
企業がピラミッド型の構造になっている以上、社長候補や役員候補を外部からヘッドハンティングするという情報は大きなインパクトがあり、必要以上にドラマティックに伝わるため、耳にした人々はかなりの衝撃を受けます。
勤めている会社で社長候補が外部から招聘されるとなると、社内はその噂で持ち切りになることでしょう。
上級管理職の転職は一般の転職と較べれば量的に少ないですが、実はそのような人事案件は人々の目に触れないところで隠密裏に動いています。社長候補や役員候補の転職模様は非常に独特なもので、ドロドロしたものが付いてくることがあります。
今回は「上級管理職の転職で怖いところ」を2つの側面から取り上げます。1つは「年収とポジションの交渉」、もう1つは「迎える側は満場一致ではない」という点です。
1.年収とポジションの交渉
まず「年収とポジションの交渉」です。これがなぜ怖いかというと、上級管理職がヘッドハンティングされる場合は、年収やポジションがその会社で運用されている評価制度とは別枠で設定されることが多いためです。
また、内部で育っている人材がいながら、リスクを冒してまで外部人材を幹部に抜擢することの是非も検討されます。
その会社が抱えている何らかの課題とか、立ち上げようとしている企画とか、立て直さなければならない事業があり、これらはかなり難しい局面にあることが多いわけです。人材を外から迎えようとする会社はかなり追い込まれていると思われます。
ですからその外部人材には大きな期待をかけており、年収やポジションがプロパーの基準と合わないまま交渉が進むことがあります。
これこそが、将来に禍根を残す怖いところです。
たとえば、ヘッドハンティングを受けた人の希望年収が3,000万円で、企業側が出せる上限が2,500万円だとします。この場合、500万円のズレをどうするか。迎える側はいろいろなリスクを考慮して「執行役員でスタートしてほしい」と考えます。しかし入社する側は、ある程度の権限を持ってリーダーシップが取れないと動きにくいため「最初から取締役のポジションが欲しい」と主張します。
ここでの要点は、スカウトされた人材がどれほど「唯一無二の存在か」によって、交渉の行く末が変わることです。
「もうこの人に賭けるしかない」「この人以外は考えられない」というように最終意思決定者が絶対評価をした場合、かなり高い条件を要求をしていたとしても契約は成立します。会社はどのような条件でも飲まざるを得ないからです。
一方、この人の話が流れたとしても、また同じような人にめぐり会えるのではないかという印象があった場合、つまり「唯一無二」の度合いが低い場合は、交渉の可否は決裂する可能性が高いでしょう。
2.迎える側は満場一致ではない
こういったポジションの交渉経過は、たとえ社長の専権事項であったとしても、一般的には役員会に諮られます。
要求している条件も、会社にいる多くのキーパーソンに対してガラス張りになってしまいます。筆者の経験からいうと、役員会の全員が満場一致で腹の底から着任に賛同していることはまずありえません。
これがもう1つの「怖いところ」です。
外部から人材が来ることによって、管掌する部門の改善や発展が進んで利益を得る役員と、社内で主流派とライバル関係にある役員は、外向けには一枚岩であるかのように装いながら、内心では反感が渦巻いています。
こうした政治的背景が、エグゼクティブの登竜門に立ったばかりの人材には見抜けないことが多いのです。
もちろん報酬や役割が適正で、自分に自信があるならば、交渉を強気で進めることに反対ではありません。ですが高すぎる要求は会社側に動揺を与え、心理的なプレッシャーになります。仮に提示した条件が認められ、その役割を担ったとしても、受け取っている報酬が、最初に提示された基準から上に離れていればいるほど、反対勢力は「お手並み拝見」と手ぐすね引いて待ち構えています。
ですから120%の大きな実績を挙げたとしても、その評価は100%に留まってしまいがちです。おそらく報酬のアップも凍結されてしまうでしょう。なぜなら、反対勢力の役員たちは、その新任エグゼクティブに「先払い」したと考えているからです。
一方で100点近い及第点を挙げた程度では、会社はその評価を70点ほどに判定するでしょう。スカウトされてすぐではないにしても、3年後には足を引っ張る勢力が台頭してくる可能性があります。
外部から入った上級管理職と仕事するのを心待ちにしている役員が仮に10人中3人いるとしたら、あとの7人は敵だと思っておくことが重要です。