【弁護士が解説】ビッグモーター社長が従業員を「刑事告訴」できない理由は?今後予測される「捜査の展開」

【弁護士が解説】ビッグモーター社長が従業員を「刑事告訴」できない理由は?今後予測される「捜査の展開」
(※画像はイメージです/PIXTA)

中古車販売大手のビッグモーターで発覚した自動車保険の保険金不正請求問題に関して、兼重社長が7月25日の記者会見で、不正に関わった従業員を「刑事告訴」すると発言したことが物議を醸している。社長は会見終了間際にその発言を撤回したが、不都合があるからではないかとの指摘もある。もしビッグモーター社が従業員を「刑事告訴」した場合、どのような展開になると考えられるか、弁護士・荒川香遥氏が解説する。

「告訴」と「告発」

兼重社長は記者会見で「刑事告訴」という言葉を使いました。しかし、「告訴」は自身が被害者である場合に加害者に対して行うものです。

 

社長が念頭に置いていたのは、車体に傷をつけて、保険会社に対し保険不正請求を行ったことと考えられます。いずれも、ビッグモーターは被害者ではありませんので、「告訴」はできません。可能なのは「告発」です。

 

告発の対象となる犯罪としては、主に以下の2つが考えられます。

 

・自動車の持ち主に対する「器物損壊罪」(刑法261条)

・保険会社に対する「詐欺罪」(刑法246条1項)

 

なお、「告訴」が考えられるとすれば、「内部告発」を行った従業員や、不正請求に会社や上層部が組織ぐるみで関与していることを指摘している元従業員らの「名誉棄損罪」(刑法230条)くらいでしょう。しかし、実際に名誉棄損罪が成立する可能性は低いと考えられます。本題ではないので詳細には立ち入りませんが、「刑法230条の2」によって免責される可能性が高いからです。

器物損壊罪・詐欺罪について従業員を「告発」した場合に起きること

前述のように、ビッグモーター社が不正にかかわった従業員を告発する場合、被疑事実は「器物損壊罪」と「詐欺罪」ということになります。

 

そこで必然的に問題となるのは、従業員の単独犯なのか、上層部、社長もかかわった組織ぐるみの犯行だったのか、ということです。

 

荒川香遥弁護士

もし、上層部、社長が何らかの指示を行っていた場合、彼らが直接手を下していなかったとしても、「共謀共同正犯」として、同等の刑事責任を負うことになります。

 

この「共謀」は、必ずしも明示的なものでなくても、また、直接なされたものでなくても、認定される可能性があります。

 

 

たとえば、日ごろから上意下達の組織風土で、従業員が上層部の意向に逆らえない状況にある下では、「不正でもどんなことをしてでもいいからノルマを達成せよ」という程度の指示であっても、「共謀」が成立する余地があります。

 

実際には、以下のような事情から総合的に判断することになります。

 

・従業員が業務命令に従わなかった場合のペナルティの内容・程度

・上司から従業員に対し行われた指示の有無・内容

・社長・上層部の関与、不正の事実に対する認識・認容

 

いずれにしても、組織内でどのようなやりとりがなされていたのか、書類、LINEやメール等をはじめとして、あらゆる業務連絡の履歴・内容が細かくチェックされることになります。

 

たとえば、タイヤに穴を空けてパンクさせる方法を指南する動画が存在するということなので、それがどのような状況で、誰の関与の下で撮影されたのか、前後の連絡等に至るまで経緯を細かく調べられることになります。

まったくの「従業員の独断」だったとは考えにくい

今回の事件について、社長は組織的関与を否定しています。まだ、ニュースになっている情報は限られますが、ビッグモーター社において同じような内容の不正請求が多発していることを示唆する報道も散見されることからすれば、場合によっては、従業員の独断ではなく、何らかの組織的関与があった疑いが考えられます。

 

また、仮に、当初は従業員の独断で偶発的に始まったものであったとしても、事態を知ったうえでそれを認容し放置したのであれば、「共謀」が認められる可能性が高いといえます。

 

報道によれば、一連の不正は5年以上前から行われていた可能性が高いということなので、社長をはじめとする上層部は、今までの間に十分に不正の事実を知り得た可能性があります。

 

今後、捜査機関は、「共謀」の事実を立証するため、あらゆる関係者のメール等を徹底的にチェックすることになるでしょう。それにより、社長や上層部の関与の有無、内容が明らかになっていくとみられます。

 

 

荒川 香遥

弁護士法人ダーウィン法律事務所 共同代表

弁護士

 

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