「直前引き出し現金」の事例
先生:今日は私が税理士業務を通じて学んだ事例を紹介しましょう。
生徒:ぜひお願いします。
先生:ではまず、状況の概要から。アルツハイマー型認知症を患っていた80代の母親が、多額の財産を残して亡くなりました。母親の相続人は50代の長男と40代の次男のみです。遺産相続が行われ、それぞれ相続税申告をしましたが、問題が発生しました。
生徒:何が問題だったのですか?
先生:母親が亡くなる前の2年間、次男が母親の預金口座からATMで1,900回以上も出金をしていたことが明らかになったのです。その総額はなんと14億円。しかし、次男はこれを否定しました。
生徒:それは大変ですね! 問題となるのはやはり…?
先生:まず、母親が亡くなった時点で、相続財産が14億円も目減りしていたことですね。相続税の申告および納税が、実際よりも過少になっていましたから。
生徒:それは法律違反なのですよね?
先生:はい。相続税は相続財産の全額に対してかかる税金ですから、その金額を減らすような行為は、相続税法に違反する行為ですね。
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国税局、14億円の返還請求権を「相続財産に含めるべき」と…
生徒:この事例の次男は、どうなったのでしょう?
先生:裁判になりました。次男は出金の事実を否定したものの、国税局は14億円の返還請求権を相続財産に含めるべきだと主張したのです。
生徒:裁判で問題となったのは、どの点ですか?
先生:問題は2つありました。1つは、ATMから出金をしたのが本当に次男だったのかということ。2つ目は、もし次男が出金したとすれば、その現金の返還請求権が成立するかどうかということです。
生徒:どうしてATMから出金したのが次男だとわかったのですか?
先生:国税局による調査が行われました。ATMが置いてあるコンビニの店長と従業員に次男の顔写真を提示し、「この人物について知っていることを教えて欲しい」と質問したところ、彼らから「毎回のようにATMで用事を済ませたあと、食料品を大量に買っていた」という回答が得られたのです。裁判所がこのコンビニ関係者の申述を認めたことから、ATMからの出金は次男によるものだと認定されたのですね。
生徒:なぜATMから出金した現金について、次男に対する返還請求権が発生するのでしょう。返還請求というのは「返してください」という権利ですよね? 母親の指示だった、あるいは贈与だったと主張されたら…?
先生:次男からの現金の返還請求権という相続財産が存在しているかについては、出金時の母親の状況について調査が行われたようです。母親は当時、すでにアルツハイマー型認知症と診断されていて、出金時に意思能力がないことを考慮すると、次男に対して現金の贈与が行われたとは言えないというのが実情です。そうすると、母親は14億円の預金を誰にも渡していない、手元に持ち続けていると考えなければいけないんですよ。
この点、次男は、母親のお金を勝手に出金し、自分のために使ってしまったか、隠し持っていると考えられることから、母親は次男に対する返還請求権を有するものと認定されたということです。
生徒:裁判ではどのような結果になったのですか?
先生:最終的に、裁判所では次男に対する14億円の返還請求権が成立し、その金銭債権を相続財産に含めて申告すべきだったという判決を出しました。
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「過少申告加算税+延滞税+重加算税」…ペナルティの三重盛り
生徒:それは大変なですね。どのようなペナルティがあったのでしょう?
先生:次男には、過少申告加算税や延滞税の支払い、それに加えて重加算税というペナルティが課せられました。税金を減らそうと画策した結果、むしろ税負担が重くなってしまったということですね。
生徒:それは悲惨…!
先生:相続税を減らそうとして行った行為で、逆に税負担を増やす結果につながることがあるという実例ですね。また、現金の出金記録は、税務当局に容易に見つかり、引き出した人も特定されやすいのです。出金した現金を隠しても、相続税がかかってしまうことをよく覚えておくべきだといえるでしょう。
生徒:勉強になりました。ありがとうございます。
岸田 康雄
国際公認投資アナリスト/一級ファイナンシャル・プランニング技能士/公認会計士/税理士/中小企業診断士
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