本連載は、公認会計士・税理士で、税理士法人つむぎコンサルティング代表社員・笹島修平氏の著書、『信託を活用した新しい相続・贈与のすすめ―Q&Aと図解 』(大蔵財務協会)の中から一部を抜粋し、近年、その活用が益々注目されている「信託」の概要と、取扱いの具体例をいくつか紹介していきます。

「相続対策」は税額の問題だけではない

信託法の大改正を控えた2007年盛夏、筆者は全面ガラス張りの事務所ビルの窓際の席で、突き刺すような陽光が差し込む机上のよれよれになった改正条文と乱雑にメモしたノートと向き合っていました。

 

蛍光ペンを片手に、条文の無機質な文言と、それを活用した新しい信託の世界に交互に思いめぐらせて心躍った日から8年が経とうとしています。あの8年前の日は財産の承継の世界がモノクロだった世界から、鮮やかなカラフルな世界に変わった正にその瞬間でした。

 

筆者は税理士として相続や贈与といった事業承継の仕事に取り組んできましたが、従前は、相続対策というと、なにかマネーゲームのような側面に虚無感を感じ、殺風景な仕事に溜息がでることもありました。

 

しかし、深くお客様とご相続の問題に向き合っているうちに、相続対策というものは、税額の問題だけではないということに気づかされました。大切なのは、財産や事業を次世代に残したい親の気持ちと、それを承継する子供の気持ちをつむぐことだと、実務の中でお客様から教わりました。

 

今までの事業承継では、これらの点が軽視されてきましたが、信託はご親族がもめることを避け、気持ちをつむぐ事業承継をすることに大きく役立ちます。なお、信託を活用することにより税負担が減少することは基本的にありません。

 

ひょっとしたら「節税に関係ないなら、信託は自分には関係ない」と考える方もいらっしゃるかもしれません。

 

お金が大切、節税が重要、その通りでしょう。しかし、気持ちが込められたお金と、そうでないお金では重みが異なるのではないでしょうか。道端で拾った10万円と、親が子供のために贅沢せずに遺してくれた10万円とでは重みが全く違うと筆者は思います。子供に遺す金額が同じであっても、その重みにより子供への伝わり方は全く異なります。財産の承継は、量だけでなく質を求めることが大切なのではないでしょうか。

財産の承継に「思い」がこめられる信託の活用

いくつか事例をご紹介しましょう。子供や孫の健康を祈り、勉学を応援する親は多いと思いますが、信託を活用すると子供に相続したお金について、例えば、医療費と教育費にしか使えないようにすることができます。

 

親が亡くなっても、親の意志に沿って親が遺したお金は管理され、子供や孫の教育や健康を支援しつづけます。子供や孫にとっては、教育や医療のためのお金の支援をうける都度、親の思いやりを思い出すのではないでしょうか。信託を活用すると相続される財産に色が付きます。思いがこもります。

 

事業承継において、親が自社株を子供に生前贈与した場合、自社株の所有権は親から子供に移転します。親は自社株の所有権を失います(法的には議決権もなくなります。)。しかし、気持ちの上ではそんな簡単には割り切ることができるものではありません。親は贈与した自社株について、しばらくは今までと同じように支配・管理していきたいと希望します。

 

筆者はそれが正しいことかわからないことも時にはありますが、それが親の自然な気持ちだと理解できます。今までは、贈与した財産を贈与者である親が引き続き支配し、管理し続けることは困難でした。しかし、信託を活用すると、贈与した自社株を引き続き親が支配・管理することができます。

 

子供が怠惰な経営をした等、やむを得ない場合には贈与したものを親が子供から取り戻すことも可能です。子供にとっては、贈与を受けた財産であっても、場合によっては取り上げられてしまうことがあるわけですから、真摯に事業に取り組もうとします。そして、子供は贈与してくれた親に対する感謝の気持ちを忘れず、良好な親子関係が築けていけるようです。

 

この他にも信託を活用すると今までできなかった財産の承継ができるようになります。例えば、財産を管理できない年少者や高齢者に代わってご親族が管理・承継する際に役立ちます。遺言書は遺言者がいつでも自由に書き換えることができますが、これを実質的に変更できないものにすることができます。また、自分の死後30年先の相続まで指定することもできます。

本連載は、2015年10月30日刊行の書籍『信託を活用した新しい相続・贈与のすすめ―Q&Aと図解 』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

信託を活用した新しい相続・贈与のすすめ―Q&Aと図解

信託を活用した新しい相続・贈与のすすめ―Q&Aと図解

笹島 修平

大蔵財務協会

信託は、従来型の遺言や贈与による資産の承継及び事業承継の限界を超えるものとして、活用が益々注目されている。3訂版では新たに、信託に属する債務の相続における取扱いや継続的な贈与を目的とした信託、受益権の物納、複層…

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