(※写真はイメージです/PIXTA)

2023年4月8日、第31代日本銀行総裁の黒田東彦氏は任期を終えて退任します。黒田氏は、2013年3月から10年間総裁を務めていた間、いまは亡き安倍晋三首相とタッグを組み、これまでの常識を覆す手法で景気回復を実現するなど、多くの功績を残しています。具体的に見ていきましょう。元メガバンカーの経済評論家、塚崎公義氏が解説します。

景気回復を「美人投票」でやってのけた黒田総裁

アベノミクスの3本の矢は、金融政策と財政政策と成長戦略でしたが、成長戦略は残念ながら成果が乏しかったようですし、財政政策も建設業の人手不足によって公共投資が期待されたほどの成果をあげなかったようです。

 

そうしたなかで、黒田総裁は大胆な金融緩和で景気を回復させました。景気が劇的に回復したわけではありませんし、成長率はそれほど高まりませんでしたが、不況期の金融政策は本来効果が小さいはずなのに、それでも何とか景気が回復した、という功績は大きいと思います。

 

インフレ率の目標である2%は達成しませんでしたが、デフレという言葉を聞かなくなっただけでも大きな成果でしょう。

 

ちなみに、最近の消費者物価上昇は輸入価格の上昇が主因ですから、黒田総裁が目指したインフレとは異なるものです。しっかり区別して考える必要があるでしょう。

ゼロ金利下の金融緩和、効果がないはずなのに?

何より素晴らしいと筆者が考えているのは、本来は不況期の金融緩和は効き目が小さく、ゼロ金利のときの金融緩和は効果が無いはずだったのに、効果をもたらした、ということです。

 

金融政策は、不況期には効果が小さい傾向があります。工場の稼働率が低いときに金利が下がっても、借金をして新しい工場を建てようという企業は少ないでしょう。リストラされるかもしれないときに住宅ローンを借りて家を買うサラリーマンも少ないでしょう。

 

さらに、ゼロ金利下での金融緩和は、効果が無いはずなのです。日銀の金融緩和は、銀行の持っている国債を購入して代金を支払うことによって世の中に資金を出回らせようという行為ですが、そもそも銀行がなぜ国債を持っていたのか、ということを考えることが必要です。

 

銀行の本業は低い金利で預金を集めて高い金利で融資をして、金利差で儲けることです。それなのに、銀行が金利ゼロの国債を持っていたのは、借りてくれる企業が無いからです。預金として預かった大量の紙幣を金庫に保管するよりは国債を買った方がマシだから、仕方なく国債を持っているのです。

 

そんなときに日銀が国債を買っても、銀行は受け取った代金を日銀に預金するだけです。昨日までは銀行が政府に貸していたのが、今日は銀行が日銀に預金して日銀が政府に貸しているわけですから、何も変わっていません。世の中に資金が出回ったりしないのです。つまり、何も起きないはずなのです。

 

しかし実際には、黒田総裁の日銀が大胆な金融緩和を実施したことで、ドルと株が高くなり、日本経済が回復したのです。経済成長率はそれほど高まりませんでしたが、デフレという言葉を聞かなくなっただけでも大きな成果だと思います。

 

ちなみにマイナス金利については、今回はわずか0.1%のマイナスにとどまりましたから、影響は限定的だったということで、本稿では論じないこととします。

偽薬効果で「株」「ドル」の値上がりを実現!

ドルや株の値段は、人々の噂や思惑で動きます。ケインズは「株価は美人投票だ」と言いましたが、これは「株で儲けたければ、真実を知ろうとするより、他の投資家たちの噂や思惑を探れ」ということですね。当時の美人投票の制度がいまと異なっているので、説明すると長くなりますから、それは別の機会に。

 

日銀が金融緩和をすれば世の中に資金が出回る、と思う人が多ければ、「世の中に資金が出回ればドルと株が値上がりするだろう」と思う人が多くなり、そうした人が買い注文を出すので実際に値上がりするのです。

 

私は元銀行員なので、金融緩和をしても世の中に資金が出回らないことを知っていましたが、銀行員以外の投資家たちはそれを知らないので、世の中に資金が出回ってドルや株が値上がりする、と考えたわけですね。

 

最初と最後をつなげると、黒田総裁は効果が無いはずの政策で景気を回復させたことになります。医学の世界で、小麦粉を薬だと言って飲ませると患者の病気が治ることがあり、それを偽薬効果というそうですが、それと同じことですね。

 

重要なことは、堂々と「効果がある薬だ、効果のある政策だ」と主張することです。医者が「小麦粉だ」と言って渡したら、偽薬効果は生まれませんから、効果があると言う必要があるのです。嘘をついている、とも言えそうですが、小麦粉しか無い状況で患者の病気を治したい、と考えた医者を批判するよりも称賛すべきだと筆者は考えています。

とはいえ、消費者物価は上がらなかった…

株とドルは値上がりしましたが、消費者物価は上がりませんでした。理由は3つあります。1つ目は、世の中に資金が出回らなかったことです。金融緩和をしても何も変わらなかったのですから、物価が上がらなかったのは当然ですね。

 

2つ目は、人々が物価の上昇を予想しなかったことです。「株価が上がるから買っておこう」と思った人は大勢いましたが、スーパーで売っているカブが値上がりするから急いで買おう、という人はいませんでした。

 

3つ目の理由は、保管が大変だからです。来年食べる予定のカブを急いで買っても、保管に困りますからね。

 

物価が少し上がった方が経済は元気になる、と黒田総裁は考えていたようで、物価が上がらないのを残念に思っていたようですが、景気がよくなることが目的なのですから、物価が上がらなかったことは問題ないと思っています。

大胆だった黒田総裁、植田新総裁には残された課題も

もっとも、黒田総裁は大胆なことを色々やったので、後始末が大変だ、ということはいえそうです。いまは長期金利を無理矢理押し下げているので、景気回復に伴ってこれを正常な状態に戻す必要がありますし、日銀が大量の株を買ったので、これを売却する必要もあるでしょう。その際に市場が混乱しないように、注意深く行動することが必要となるわけです。

 

少し長い目でみると、今後景気が更によくなって金利を上げる必要が出てくるときにも問題が生じかねません。金利が上がると、日銀が赤字になってしまうのです。

 

日銀は大量の国債を持っていますが、その多くは10年後に満期が来るもので、金利はゼロです。一方で、日銀が預かっている預金には金利を払わなくてはならなくなります。持っている資産は利子を産まないのに、預かっている預金には利子を払うわけですから、赤字になります。

 

しかし、それは仕方のないことです。日銀は儲けるために仕事をしているわけではなく、日本経済を元気にするために仕事をしているわけです。その結果として赤字になったとしても、それは問題ではありません。公共投資で景気をよくしたのか金融緩和で景気をよくしたのか、というだけの違いですから。

 

今回は、以上です。なお、本稿はわかりやすさを重視しているため、細部が厳密ではない場合があります。ご了承いただければ幸いです。

 

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塚崎 公義
経済評論家

 

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