和食の料理名には、「漢字の心」がこもっている
刺身の盛り合わせを「お造り」と呼ぶ理由
和食のメニュー名には比喩的なものが多くあります。
たとえば、旬の食材を個別に煮たものを盛り合わせた「炊き合わせ」は、「食べる人に多くの喜びがありますように」という願いを込めて「多喜合わせ」と書くことがあります。字面を見るだけでもうれしくなりますね。
「香の物」は、漬物のこと。「漬物=漬けたもの」という料理法ではなく、冷蔵庫がない時代、旬の新鮮な野菜を出してもてなす「季節の香り」に焦点を当てた料理名です(諸説あります)。
やはり、こんなところにも日本人独特の漢字の心を感じます。
「お造り」は、刺身の盛り合わせのこと。武士にとって「刺」は、あまりにも直接的に刀や血を想起させる生々しい漢字なので、「お造り」と称されるようになりました。
それにしても、生の魚を切って並べただけなのに、どうして「造」という漢字が当てられているのだろうと、不思議に思ったことはありませんか?
たしかにお造りは、加熱も調味もされていません。そのため、素人目には「生の魚を切って並べただけ」に見えるかもしれません。でも実は、このお造りこそ、もっとも高度な技術が求められます。
今度、お造りを食べる機会があったら、よく見てみてください。
比較的きちんとしたお店ならば、一切れ一切れの角がシャキッと立っていて、断面は輝くようになめらかで美しいでしょう。さらに、ツマ(大根の千切りや大葉などの付け合わせ)との配置は、1つのアート作品のようであるはずです。
しっかりと手入れされた包丁、高度な手際で魚を扱い、そのうえ優れた美意識もなくては、こうはいきません。決して「生の魚を切って並べているだけ」ではなく、たしかな技術とセンスを使って、文字どおり「造っている」のです。
「板前」の意味を知っていますか
お造りに高度な技術とセンスが求められるのは、和食の料理人の序列を見ても明らかです。
和食の料理人の修行は、そうじや洗いもの、野菜の下処理などを担当する「追い回し」(下積み)に始まります。
続いて、焼き物や煮物を器に盛り付ける「八寸場」、焼き物を担当する「焼き場」、揚げ物を担当する「揚げ場」、味付けを担う「煮方」「蒸し場」を経て、ようやく生の魚を扱う「板場」に到達できます。
和食の料理人を「板前」と呼ぶと思っている人は多いようなのですが、「板前」の意味は「板の前にいる人」。つまり本来、「板前」とは、まな板の前でお造りを担当する最高位の料理人だけの呼称なのです。
さらに「板長」ともなれば「板前の長」ですから厨房で一番の長、西洋料理でいうところの総シェフや総料理長を意味します。