(写真はイメージです/PIXTA)

日本において成年後見制度は、認知症、知的障害その他の精神上の障害により判断能力が不十分な人の権利擁護を支える重要な手段として位置付けられており、身上保護と財産管理の支援によって、本人の地域生活を支える役割を果たすことが期待されています。成年後見制度のような権利擁護支援、意思決定支援のための制度は、諸外国の多くにも存在しますが、国によってその理念や内容は様々であり、それらは日本と異なることも少なくありません。そこでニッセイ基礎研究所の坂田紘野氏が、英国、米国、ドイツにおける権利擁護支援、意思決定支援制度について解説していきます。

1―はじめに

日本において、成年後見制度は、認知症、知的障害その他の精神上の障害により判断能力が不十分な人の権利擁護を支える重要な手段として位置付けられており、身上保護と財産管理の支援によって、本人の地域生活を支える役割を果たすことが期待されている。基本理念としては、ノーマライゼーション*1や自己決定権の尊重*2等が掲げられており、利用促進に向け、現在、第二次成年後見制度利用促進基本計画に基づく施策が推進されている。

 

成年後見制度のような権利擁護支援、意思決定支援のための制度は、諸外国の多くにも存在する。しかし、国によってその理念や内容は様々であり、それらは日本と異なることも少なくない。そこで本稿では、英国*3、米国、ドイツにおける権利擁護支援、意思決定支援制度について、概観する。結論を先取りすると、いずれの国も、本人の自己決定権を可能な限り尊重し、後見人等による代行決定を最小限にとどめる方向で制度の整備が進められている。

 

*1:成年被後見人等が、成年被後見人等でない人と等しく、基本的人権を享有する個人としてその尊厳が重んじられ、その尊厳にふさわしい生活を保障されるべきこと。

*2:障害者の権利に関する条約第12 条の趣旨に鑑み、成年被後見人等の意思決定の支援が適切に行われるとともに、成年被後見人等の自発的意思が尊重されるべきこと。

*3:イングランドおよびウェールズの制度について記述する。本稿では、単に英国と表記する。

2―英国

日本と同様、英国の後見制度にも法定後見と任意後見の2つの類型が存在する。一方で、英国の後見庁によれば、2021年度単年での任意後見人の登録申請件数は975,557件、2022年3月末時点の法定後見人の監督件数が56,862件であった。*4単純比較はできないものの、ここからは英国では任意後見が広く普及していることが示唆されており、法定後見が圧倒的多数を占める日本*5と英国の状況は大きく異なると考えることができる。

 

英国において、意思決定支援における大きな役割を果たしているのは保護裁判所や後見庁といった組織だ。保護裁判所は適切な意思決定が困難な人の財産や福祉に関する判断を行っており、その主な役割としては、意思決定能力の有無の判断や法定後見人の選任等が挙げられる。後見庁は司法省の執行機関として、任意後見人の登録や法定後見人の監督等を担っている。

 

さて、英国における意思決定支援は、2007年に施行された意思能力法(Mental Capacity Act:MCA)に基づいて進められる。この意思能力法の冒頭には、5つの原則が示されている。具体的には、英国の意思決定支援は、①意思決定能力を有すると推定すること、②本人による意思決定のためにあらゆる措置を講じなければならないこと、③賢明ではない決定をしたという理由のみで意思決定能力と欠くものとして扱ってはならないこと、④意思決定を代行する際には、本人の最善の利益のための決定をしなければならないこと、⑤本人の権利や自由の制限は最小限にとどめるべきであること、の5原則を遵守することが求められる(図表1)

 

【図表1】
【図表1】

 

これらの原則についてもう少し確認したい。

 

前提として、意思能力法において、「意思決定能力を欠く人(a person who lacks capacity)」は、ある特定の決定や行動を起こす必要があるときに、自分自身のためにその決定や行動を行う能力を欠いている人を指す。意思決定能力の有無の判断のタイミングは、何かしらの決定や行動を起こそうとするそれぞれの重大な時点だ。それぞれの決定や行動に対しての意思決定能力の有無が考慮されることとなる。そのため、ある決定や行動に対しては意思決定能力を欠く人が、一方で他の決定、行動への意思決定能力は有するような場合も想定される。また、ある時点では意思決定能力を欠いていた人が、後に意思決定を行うことができるようになるケースも発生し得る。

 

このような状況下において、意思能力法の第1原則、第2原則は、人は原則として意思決定能力を有するとみなされなければならず、意思決定能力が不十分として後見人が意思決定を代行することは、意思決定を助けるためのあらゆる実際的な措置が成功しなかった場合にのみ許容される、とする。あらゆる実際的な措置の具体例としては、ノンバーバルコミュニケーション*6や写真や図表の活用、特定の意思決定を行う能力を向上させるための体系的なプログラムの実施等が挙げられる*7

 

また、第3原則は、賢明ではない決定を行うことと意思決定能力が欠けていることは必ずしもイコールではない、ということを示唆しており、たとえ周囲からみて賢明ではない判断であったとしても、可能な限り、本人の希望を尊重すべきであるという考え方を内包している。つまり、意思能力法が後見人等に求めるのは、客観的な視点からの検討に基づく「良い意思決定」を行うことではなく、本人の希望を最大限に尊重し、意思決定に反映するための支援を行うことであるとされる。もっとも、本人が明らかに不合理であったり、性格に合わない、賢明ではない意思決定を行ったりする場合等には、その人の過去の意思決定や選択を考慮した上で、本人の意思決定能力についてのさらなる調査を実施する必要があるかもしれない。

 

さらに、第4原則から、本人が意思決定能力を欠くと判断された場合においても、後見人等による本人を代行しての行為または決定は、「本人の最善の利益(Best interests)」のためになされなければならず、かつ、第5原則より行為・決定に伴う本人の権利や行動の自由の制限は最小限にとどめることが求められる。

 

ここで問題となるのが、何が「本人の最善の利益」にあたるのか、という点だ。しかし、意思能力法は「本人の最善の利益」そのものについての具体的な定義は規定していない。その一方で、「本人の最善の利益」のために決定を行う者が考慮しなければならない事項を例示している。具体的には、本人の過去及び現在の要望と感情(特に、本人が意思決定能力を有していたときに作成した関連する文書)、本人に意思決定能力があった場合に決定に影響を及ぼすと思われる信念や価値観などを、考慮しなければならない事項として示している。ここからは、「本人の最善の利益」とは、第三者による客観的な「利益」というよりはむしろ、本人の信条や価値観等の主観的な要素を考慮しなければならないことが示唆される。

 

このように、英国の意思能力法は、可能な限り本人が自分で意思決定を行うことが重要であり、その実現のためにできる限りの意思決定支援を実施するべきである、という考え方に基づいて設計されている。

 

*4:Office of the Public Guardian「Annual report and accounts 2021 to 2022」

*5:最高裁判所「成年後見関係事件の概況」によれば、令和3年12月末日時点の成年後見制度の利用者のうち、約99%を法定後見(成年後見、保佐、補助)が占めている。なお、各類型の内訳についてはそれぞれ、成年後見74%、保佐19%、補助6%、任意後見(任意後見監督人選任の審判がなされた件数)1%となっている。

*6:しぐさや表情等の言語以外の手段(非言語)によるコミュニケーション

*7:Office of the Public Guardian「Mental Capacity Act 2005 Code of Practice」より

次ページ3―米国の場合

※本記事記載のデータは各種の情報源からニッセイ基礎研究所が入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本記事は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
※本記事は、ニッセイ基礎研究所が2023年3月16日に公開したレポートを転載したものです。

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