マクロ経済スライドによる給付水準調整の影響を反映した場合の効果
わが国の公的年金では、賃金・物価の変動に加えて公的年金被保険者の減少率や平均余命の延びを反映して給付水準を自動調整する「マクロ経済スライド」が2004年に導入されています。
それにより、今後は、年金受給開始時点(65歳)での年金額が現役世代の手取り収入額の何%かを示す「所得代替率」が現行の約60%から約50%前後まで中長期的に低下することが見込まれています。
一方で、マクロ経済スライドによる給付水準の調整については誤解が多いのが現状です。最も顕著なのは、所得代替率の減少率(約60%から約50%へ、約16.7%減少)を年金の実額にそのまま当てはめて「年金額が約2割減少する」という誤解です。
所得代替率は、現役男子の手取り収入に対する年金額の割合を示した相対指標であり、現在見込まれている所得代替率の減少は、分子である「年金額の減少」よりも分母である「現役男子の手取り収入の増加」による影響のほうが大きいことが要因です。
2019年財政検証における新規裁定者の年金額は、ケースⅥ(実質経済成長率▲0.5%)を除きおおむね横ばいか微増で推移する見通しです([図表1])。
また、既裁定者の年金受給後の年金額の見通しをみると、マクロ経済スライドによる給付水準調整の影響は、早期に受給開始する先行世代ほど大きく影響を受けるものの、将来世代への影響は限定的です。
ケースⅢ(実質経済成長率0.4%)では、受給開始後の年金額の減少幅は先行世代ほど大きく将来世代ほど小さくなっています([図表2])。
また、1964年度生まれ以降の世代では、35年後(100歳時点)の年金額は増加に転じる見通しとなっています。
一方、ケースⅤ(実質経済成長率0.0%)では、経済前提を厳しく想定しているためどの世代も年金額は減少するものの、それでも減少幅は先行世代ほど大きく将来世代ほど小さくなっています([図表3])。
以上のとおり、マクロ経済スライドによる給付水準の自動調整は、所得代替率では約2割の減少となるものの、金額ベース(物価上昇率で割り戻した実質額)での減少幅は、経済前提が厳しいケースでもおおむね1割程度に留まる見通しとなっています。
経済環境等が前提よりも厳しくなればさらに年金額が目減りするリスクはあるものの、逆に、経済環境等が好調であれば、年金額の減少幅の抑制ひいては年金額の増加も期待できます。
また、所得代替率は、年金財政の中長期的な財政見通しにおいて異時点間の給付水準を比較するための指標としては有効ですが、これを個人のリタイアメント・プランニングに用いるのは適切ではありません。
リタイアメント・プランニングで重要なのは個々の家計における収支実態の把握であり、その観点からは、収入たる年金額と具体的な生活水準を想定した家計支出を実額ベースで比較するほうが簡便かつ実践的です。
谷内 陽一
第一生命保険株式会社・第一生命経済研究所
主席研究員