(※写真はイメージです/PIXTA)

イノベーションとは、「試行錯誤の積み重ね」による「漸進的な進化」です。いくら天才的な頭脳の持ち主がいて先進的な技術の種があっても、社会の仕組みが彼らのモチベーションを喚起し、トライアンドエラーへと立ち上がらせるようなものになっていない限りイノベーションは生まれません。イノベーションを起こすための条件を、「人」に着目して見ていきましょう。

必要なのは、「一人の天才」でなく「多数の参加者」

■科学技術の浸透を支える「土壌」

イギリスの産業革命におけるイノベーションは蒸気機関の発明という一つの事実に帰せられるものではなく、ボイルの法則の解明に始まる一連の物理学の進歩やそれに基づいた技術的な工夫の積み重ねです。多数の参加者が必要なのです。

 

ボイルらに端を発した科学分野の急速な進歩は「科学革命」と呼ばれました。光は何らかの波動であると指摘したホイヘンスや万有引力の発見者であるニュートン、質量保存の法則を明らかにしたラヴォアジェ、宇宙の原理を数学で解いたラプラスなどがいます。

 

イギリスのオックスフォード大学やケンブリッジ大学を中心にして、さまざまな科学的アイデアが明らかにされました。ここから技術革新が進み、産業革命が始まるのです。この間100年もかかっていません。20世紀半ばに量子力学が生まれ、それから100年を待たずに半導体やコンピュータが生まれ第4次産業革命が起こった、あるいはDNAの二重らせん構造の解明から間もなくしてバイオ遺伝子工学が発展したように、新しいイノベーション技術が生まれる前夜には科学技術の根本に関わるような大きな発見があります。

 

誰も知らない実験室の片隅ではなく、大学や工場の実験室などで多くの研究者や市民によって広く議論され教養として日常の話題になるような環境が必要です。おそらく蒸気機関が話題になり蒸気機関車を運行する会社ができたときには、何百人というエンジニアがいたに違いありません。こういう背景がなければ新しい産業は誕生しないのです。当時は、現代の我々が想像するよりもはるかに身近なところに科学があり、常識になっていたと考えられます。

 

半導体やコンピュータのことを考えても、それは容易に想像がつきます。1970年代頃に大学に行けば、量子力学に関する講義が当たり前に行われていました。理解する素地をもっていた人間は非常に多かったのです。

 

そして今の学生は、例えば少し前には無かった遺伝子工学について授業で学んでいます。そういう背景があって、バイオ産業や新薬の開発などが活発に進められているのです。

 

一つの技術的発明・アイデアの背景には科学技術を支える基礎的な理論が浸透し、それを研究しようとする母集団が大きく育っていることが前提となるのです。それが大きければ大きいほど、アイデアが生まれる確率は高くなります。

「いいものは使う」という人の存在も必要

■イノベーションは、社会や生活に組み込まれて初めてイノベーションとなる

イノベーションを生み出す条件の一つとして、まず変化を生み出すために一歩を踏み出そうとする意欲をもった人が一定の数で存在することが必要です。そのためにはモチベーションを喚起し、その取り組みを支援する社会的・政治的な制度が確立していなければなりません。加えて、変化をもたらすアイデアや技術のベースとなる科学技術が一定の広がりをもっていなければなりません。

 

さらにこれらに加えてイノベーションに欠かせないのは、新たな発明やアイデアが市民権を得ていくための「受け手」の存在です。

 

商品が受け入れられるためには、一定の価格以下であることも大事ですが、そもそも自由な市場が形成され、広くそれを受け入れていく参加者が存在することが必要です。一定の法治国家で資本主義の下で経済活動が行われ、市民が広く市場に参加している世界でなければイノベーションの進展はありません。アメリカの19世紀半ばから20世紀初めにかけての半世紀は、その意味で大きな市場が存在した時期でした。

 

これに対して社会主義や共産主義、あるいは独裁的な体制の国家では、いかに新しいものでも、採用・不採用を決めるのは国です。仮に採用されても決められた範囲での配布が終われば、それ以上のニーズも、またアップグレードの要求も市場からは生まれません。自発的で、自ら展開して行く力をもったイノベーションではないのです。

 

イノベーションは科学技術上の発明があれば、いつでもどこでも起こるというものではありません。単純化していえば進化の種をつくる人と、いいものは使う人の両方が存在しなければイノベーションとして成立しません。そして、そういう市民を生み出す経済・社会制度、それを許容し支援する政治制度、さらに科学技術が社会実装されていく仕組みが存在しなければならないのです。

 

 

太田 裕朗

早稲田大学ベンチャーズ 共同代表

 

山本 哲也

早稲田大学ベンチャーズ 共同代表

 

 

※本連載は、太田裕朗氏、山本哲也氏による共著『イノベーションの不確定性原理 不確定な世界を生き延びるための進化論』(幻冬舎MC)より一部を抜粋・再編集したものです。

イノベーションの不確定性原理 不確定な世界を生き延びるための進化論

イノベーションの不確定性原理 不確定な世界を生き延びるための進化論

太田 裕朗
山本 哲也

幻冬舎メディアコンサルティング

イノベーションは一人の天才による発明ではない。 そもそもイノベーションとは何を指しているのか、いつどこで起き、どのようなプロセスをたどるのか。誕生の仕組みをひもといていく。 イノベーションを創出し、不確定な…

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