●トラス新政権の大規模な減税策と国債増発計画を受け、英国の金融市場ではトリプル安が進行。
●減税などで年2.5%の成長を目指し、成長による税収増で財政再建を図るとするも、問題も多い。
●欧米市場への直接的な影響は把握しにくいが、英政府の対応次第では市場心理の悪化要因に。
トラス新政権の大規模な減税策と国債増発計画を受け、英国の金融市場ではトリプル安が進行
先週来、英国の通貨ポンドが急落し、対主要通貨でほぼ全面安の展開となっています。9月26日には、対ドルで1ポンド=1.0350ドル水準まで下落し、1972年の変動相場制移行後の最安値をつけました(図表1)。
こうしたなか、債券市場では英国債の利回りが急騰(価格は急落)しており、9月27日には10年国債利回りが一時4.53%台まで上昇したほか、30年国債利回りも一時5%台に乗せ、2002年以来の高水準に達しました。
また、FTSE100種総合株価指数も先週から下げ足を早めており、3月7日につけた終値ベースでの年初来安値に近づきつつあります。このように、英国金融市場では、通貨安、債券安、株安の「トリプル安」が進んでいますが、きっかけは、トラス新政権が9月23日に打ち出した大規模な減税策と国債の増発計画でした。これにより、英国の財政悪化懸念が、市場参加者の間で急速に強まりました。
減税などで年2.5%の成長を目指し、成長による税収増で財政再建を図るとするも、問題も多い
トラス新政権の主な政策は図表2の通りです。
政府の目的は、高額所得者の減税、規制緩和を通じた成長促進、光熱費凍結によるインフレ抑制などであり、年2.5%の成長を目指し、成長による税収増で財政再建を実現するとしています。なお、今回の減税規模は、政策効果がすべて出る26年度には450億ポンドとなる見通しで、1972年以来の大型減税となります。
一方、これらの政策を実行するにあたり、23年度の国債発行額は1,940億ポンド(4月時点の予想は1,310億ポンド)に拡大するとみられます。ただ、改めて図表2をみると、いくつか問題点も浮かび上がります。エネルギー対策は、今後、ガス価格が高騰すれば、政府の負担が増えることになり、規制緩和については、欧州連合(EU)を離脱している現状、短期間で十分な資本や労働力の供給を得ることは、難しいように思われます。
欧米市場への直接的な影響は把握しにくいが、英政府の対応次第では市場心理の悪化要因に
資本や労働力の供給が不十分なまま、大規模な減税を実施しても、成長による税収増は期待できず、財政赤字が拡大する公算は大きいとみています。財政赤字拡大が経常赤字の拡大につながれば、通貨安の進行やインフレ圧力の高まりが予想されます。弊社は、英国財政の信任回復には、①英国政府が財政規律へのコミットを強めること、②イングランド銀行(BOE、中央銀行)が利上げペースを加速すること、が必要と考えています。
主要国への影響を考えた場合、米国やユーロ圏では、インフレ抑制のための利上げ継続観測から、すでに国債利回りは上昇、株価は下落傾向にあったため、英国の政策ショックの直接的な影響は把握しにくい状況です。ただ、今後の英国政府の対応次第では、市場心理の悪化要因となる恐れもあります。なお、英国政府は11月23日に財政見通しと財政のルールを発表する予定ですが、その前にBOEが緊急利上げに動くことも想定されます。
※当レポートの閲覧に当たっては【ご注意】をご参照ください(見当たらない場合は関連記事『英ポンド急落 ~英国金融市場の混乱は世界に波及するか?【ストラテジストが解説】』を参照)。
市川 雅浩
三井住友DSアセットマネジメント株式会社
チーフマーケットストラテジスト