ここ数年、日本の貧困化への強い危機意識が、国民の間にも浸透してきました。統計を見ても、20年間で給与所得の伸びはほぼゼロであり、アメリカやドイツといった先進国から大きく水をあけられています。調査の結果、柔軟な変化に対処できない日本独特の「タテ社会構造」に問題の原因があることが見えてきました。解決策はあるのでしょうか。

労働市場の「賃金を上昇させる素地」は整いつつある

実際、転職市場も拡大しており、「1千万円以上の求人が三分の一以上」を掲げる転職会社のビズリーチの親会社ビジョナルは、2021年4月、初値時価総額2544億円で東証マザーズに株式を上場しました。また、2021年4月から、従業員数が301人以上の大企業は中途採用比率の公表が義務化されています。

 

こうした状況に対応して企業は、雇用の流動性が高まるように雇用慣行の変更を行うべきだといえるでしょう。記事『【日本人の賃金】貧しさからの脱却を困難にする「タテ社会」の構造的問題点』でも紹介した慶應義塾大学商学部教授の山本勲氏、早稲田大学教授の黒田祥子氏が指摘するように、現在の日本的経営の企業は雇用の流動性が高まる方が生産性は向上します。

 

なお、アベノミクスの金融政策を日銀副総裁として推進した上智大学・学習院大学名誉教授の岩田規久男氏は、「雇用の流動化が進めば、企業はその企業にとって最も必要とする人材を中途採用できる道が開け、企業の生産性も高まり、その人に対して高い賃金を支払うことができるようになる」として、岩盤規制といわれる規制の改革がなければ、「企業収益が高い一方で、正社員の賃金はあまり上がらないという状況が続く」※9と述べています。

 

※9 岩田規久男『日銀日記』筑摩書房、2018年、372-373頁。

 

実際、労働生産性の伸び率と賃金上昇率について米、独、日を過去20年で比較すると、図表のように、わが国だけが賃金がほぼ上昇していません。もし労働市場に流動性があれば、岩田氏の指摘のように企業の生産性も高まり、20年間で米、独並みの20%程度は上昇していたのでないでしょうか。

 

※ 20年間[2021~2020年]の累積値
[図表]労働生産性の伸び率と平均賃金の上昇率との比較 ※ 20年間[2001~2020年]の累積値。
注)米ドルベース。ユーロ、円は購買力平価で換算。
資料:日本生産性本部ホームページ、OECD主要統計(図は筆者作成)

 

こうしてみると、わが国は金融資本市場のグローバル化の進展に合わせて、労働市場についても封鎖的な集団を基礎とする日本的経営を見直し、失業なき労働移動ができるように労働市場の流動化を進めるべきだといえます。

行き過ぎた「タテ社会」に風穴を開けよ

わが国は、グローバル化した流動性の高い株式市場と、流動性が低く円滑な労働移動が困難な労働市場の制度的なミスマッチのため、米国以上に労働分配率が低下し、賃金が低下しました。

 

これを是正するには、わが国の「タテ社会の封鎖性」に由来する流動性の低い労働市場の一部を流動化することが必要です。そして、わが国の行き過ぎたタテ社会に風穴を開け、開放性のあるタテ社会とすることで、賃金の上昇を目指してはどうでしょうか。

 

今後の課題としては、長期雇用の慣行を推奨する内容となっている退職所得税制の改正、現在の極端な年功賃金制の修正による賃金カーブと労働生産性のカーブの一致、退職給付前払い制度の導入、行動経済学のナッジ、つまり人々を緩やかに良い方向へ誘導する手法を用いて、金融教育によらなくても人々が自然に活用するような確定拠出年金制度の普及等があるのであり、こうした研究への取り組みとその進展に期待したいと考えます。

 

 

藤波 大三郎
中央大学商学部 兼任講師

 

 

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