「まず純利益を決め、次に経費を切り分けるイメージ」
また、国内における設備投資は増加しているものの、企業収益の伸びの割には緩やかなものにとどまっており、結果として、企業は貯蓄超過となっています。ただし、内部資金の蓄積に応じて、海外も含めたM&Aなど広義の投資が増加しており、不確実性増大への備えとして内部資金を活用している側面もうかがわれます※2。
※2 内閣府「企業部門の成長に向けた取組と好循環の確率」2018年
https://www5.cao.go.jp/keizai3/2017/0118nk/n17_3_3.html(2021年10月6日入手)
つまり、企業は労働分配率を低下させて内部留保を蓄積し、海外M&A等による投資を行っています。実際、図表3のように労働分配率と自己資本比率の推移には強い負の相関があります。
SBI証券金融調査部長(チーフストラテジスト)の北野 一氏によれば、企業の損益計算書では、上から売り上げ、経費、金利などが記載され、最後に純利益が導き出されますが、現状では先に純利益を決め、そこから経費などを切り分けているイメージだといいます。結果、株主への配当は増えても労働賃金は増えません。つまり、外国人投資家という圧力が労働分配率を抑えているのです※3。
※3 北野一「なぜ会社は給料を減らしながら増配するのか」
https://president.jp/articles/-/3692(2022年1月18日入手)
つまり収益の分配は、株主分が増え、従業員の取り分が減少しています。
こうしたことから、わが国の賃金の低下について、「データブック国際労働比較2019」によれば、製造業の労働費用で比較した場合、わが国の労働費用2002年以降は相対的に低い水準で推移しています。2017年には日本を100とする場合、ドイツが167、米国が147です※4。つまり、現在ではわが国の賃金は米国やドイツと比較しても大幅に安くなっています。
※4 労働政策研修・研究機構『データブック国際労働比較 2019』労働政策研究・研修機構、2020年、205頁。
労働分配率と企業の内部留保の上昇に負の相関性
わが国の対外直接投資残高のGDP対比は30%台であり、ドイツの40%台、米国の60%台に比べれば低いといえます(2019年末時点)。一般財団法人国際貿易投資研究所客員研究員の増田耕太郎氏は、日本の対外直接投資は今後もM&Aを主体にして拡大することは確実としています。従来は対外投資の対象と考えにくい分野であっても、より高い成長力のある国々への進出は、買収、資本参加、経営権譲渡等形態を問わずM&Aを積極的に行っていくとみられます※5。なお、2020年12月時点の直接投資残高は206兆円です。
※5 増田耕太郎「近年における日本の対外直接投資の特徴 〜大型M&A・非製造業を中心に展開〜」国際投資貿易研究所
http://www.iti.or.jp/kikan115/115masuda.pdf(2021年9月24日入手)
内部留保について、 東京海上アセットマネジメント執行役員運用本部長の平山賢一氏は、企業で蓄積された剰余金等の内部留保の増加は、80年代以降の自己資本比率の上昇基調を支え、さらにバブル崩壊以降は負債による設備投資を抑制する保守的な経営が主力化したため自己資本比率は上昇に転じたとしています。2018年度には戦後最高水準の50%に迫る水準まで自己資本比率が上昇しており、米国企業の一部が負債を拡大して自社株買いに走るのとは違い、安定性が高まっています※6。実際、図表4に見られるように、労働分配率の状況と企業の内部留保の上昇の状況には負の相関性があります。
※6 平山賢一「日本企業はコロナに弱いのか?」日本経済新聞電子版
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO61311790Y0A700C2K15200/ (2021年9月25日入手)
なお、わが国の企業が利益を蓄積してきた点については、岡三証券グローバル・リサーチ・センター理事長(2022年7月から日本銀行政策委員会審議委員)の高田創氏によれば、米国上場企業の自己資本比率は39.6%であり、わが国の上場企業は52.6%となっています(2019年末時点)※7。
※7 高田創「企業も投資家も、今こそなぜ「財テク」か」 岡三証券 TODAY、2020年 PowerPoint プレゼンテーション(okasan.co.jp)(2021年9月26日入手)
米国の企業は株主還元のために自社株買いによって自己資本比率が下がり、大企業においては従来の日米の株主の立場が逆転しているのです。
藤波 大三郎
中央大学商学部 兼任講師
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