(※写真はイメージです/PIXTA)

困難を何度も乗り越えてきた「創業100年以上の企業」の数は、なんと日本が世界一。未曽有の経済危機に見舞われても揺らがない「本当に強い会社」には、どんな秘密があるのでしょうか? 本稿では、田宮寛之氏の著書『何があっても潰れない会社』(SBクリエイティブ)より、「株式会社吉字屋本店」について見ていきましょう。

危機を乗り越えるには「御用聞きの姿勢」が重要

さらにもう1つ、髙野社長は、思ってもみない危機を乗り越えるには「御用聞きの姿勢を貫くこと」が重要であると考えているという。御用聞きにとって重要なのは、「相手のニーズを把握していること」だ。普段から密に付き合い、常に想像力を働かせることで、ときには取引先が自分でも気づいていない潜在的なニーズを掘り起こす。2020年(令和2)に始まったコロナ禍では、吉字屋も少なからず影響を受けたが、この御用聞き精神で乗り越えてきた。

 

たとえば、対面での営業活動が制限される中、工業団地の名簿や産業集積地のリストをもとに自家消費型の太陽光電気設備の設置案を提示し、興味を示した相手にはオンライン面談で詳細を説明・提案するようにした。

 

また、山梨県では、適切な感染拡大防止策をとっている施設に対して独自に「グリーン・ゾーン認証」を発行。この認証を受けるには、二酸化炭素濃度の測定器や空気清浄機が必要になるため、こうした機器の設置案、換気をよくする施設リフォーム案なども提示している。

 

従来の燃料ビジネスが苦境に立たされるなかでも、「困っていませんか?」「こういうものが必要ではないでしょうか?」という御用聞きマインドで、新たな需要の掘り起こしに取り組んでいるのだ。

減少するガソリン需要…石油業界で生き残るには

ガソリンの国内需要は、10年後には30%ほど減少すると見られている。人口減少と車の電動化、さらにはコロナ禍を機にリモート化が進み、人の動きが減ることもガソリンの需要減を加速すると髙野社長は見ている。石油業界では、すでに生き残りをかけた競争が始まっているのだ。

 

この競争で勝ち残るためのキーワードは「利便性」。長年にわたって燃料を安定的に適正価格で供給してきた吉字屋は地元で信頼されている。この「信頼」に「利便性」という付加価値を付与しようというのだ。そこで吉字屋が現在、進めているのが、燃料販売だけの従来型の「ガソリンスタンド」から「モビリティステーション」への転換だ。

 

モビリティステーション──燃料を供給するだけでなく、自動車の購入から車検、保険、さらにはレンタカー、カー・シェアリングに至るまで、「自動車=モビリティ(移動)に関わること」を総合的に提供する。そうなると客は、車検は整備工場へ、保険は保険会社へ、車を借りるときにはレンタカーへと行き先を変えずに済む。

 

出所:田宮寛之著『何があっても潰れない会社』(SBクリエイティブ)
[図表3]「自動車=モビリティ(移動)に関わること」を総合的に提供するのが、吉字屋が目指すモビリティステーションだ 出所:田宮寛之著『何があっても潰れない会社』(SBクリエイティブ)

 

 

また、自動車の清掃機能を兼ね備えているスタンド内でレンタカー事業やカー・シェアリング事業を営むことで、昨今とみに重視されている「清潔性」も確保できる。

 

返却された車は、すぐさま敷地内で清掃に回される。スタンド内のレンタカーやカーシェアリングなのだから、この業務フローは客にも容易に想像がつく。あるいは実際に目にすることもあるだろう。したがって客は「誰が触ったかわからないハンドルに触れ、ちゃんと清掃されたかどうかもわからない車内で過ごす不安」から解放されるのだ。

 

こうしたモビリティステーションへの転換を図ることで、吉字屋は、まさに安全、安心、そして利便性という付加価値を提供できる体制を着々と整えてきた。

 

2007年(平成19)には、塩卸売業・食品輸入販売企業のジャパンソルトとの縁が結ばれたことをきっかけに、吉字屋はスローフード(イタリア産の塩や食材・ワインなど)の販売事業にも手を広げる。もともとは塩問屋だった吉字屋の、原点回帰ともいえる事業が始まった根底には、かつての生業を今に継承したいという思いがあった。

 

そして2011年(平成23)、自社直営のスタンドに輸入食材のショップとカフェを併設する。カフェでは、販売している食材の試食を目的に、商品を使ったランチを提供している。

 

そもそもの発想は、給油などに訪れた客に快適な待機空間を提供したいというものだった。

 

 

要するに給油だけを目的としない、人々の移動から生じるいくつかの目的を実現できるモビリティステーション化の一環として始めた、ショップとカフェだった。

 

地域密着型の企業として「山梨から出ないこと」を旨としていた吉字屋が、数ある事業形態の1つ、輸入材の販売経路を広域展開することにしたきっかけは、社会のデジタル化が進展したことだ。顧客のニーズを把握するシステムを活用し、デジタル版「御用聞き」の実現が可能になった。インターネットを通じて販路が拡大したのである。このような展開が待っていようとは、おそらく、髙野社長を含め、誰も予想していなかったに違いない。

 

それでもなお、吉字屋のアイデンティティが地元・山梨県に深く根ざしていることには変わりない。地域の頼れる「モビリティステーション」として、吉字屋はこれからも「御用聞き」としての役割を存分に果たすべく進んでいく。

 

<何があっても潰れない会社の極意>

●山梨という地域との「密接で深いお付き合い」で堅実に成長した

●顧客のニーズを把握し、提案する「御用聞き」の姿勢で新たな需要を掘り起こした

●経済危機に際して暴利を貪らず、公的な利益を追求する姿勢で、信頼を積み重ねた

 

 

田宮 寛之

経済ジャーナリスト

東洋経済新報社 記者、編集委員

 

 

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何があっても潰れない会社 100年続く企業の法則

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田宮 寛之

SBクリエイティブ

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