世界中で「幼児教育」について議論されているが…
いま世界中で「幼児期の教育はどうあるべきか」といった議論が盛んにおこなわれています。
学力観にも変化が見られ、大学入試も知識偏重型試験から、問題解決能力を問う問題に大きく変わろうとしています。日本でも遅ればせながら、幼児期と小学校低学年の教育の連続性を図る意味で、中央教育審議会(文部科学省)のなかに「幼児教育と小学校教育の架け橋特別委員会」が立ち上がり、将来の日本の幼児教育の在り方に対して活発な意見交換がおこなわれています。
50年間、幼児教室の現場に身を置いて、日本の幼児教育がどのように改革されていくかに関心を持ち、実践者の立場から発言もしてきましたが、願っていた方向に改革されることはほとんどなく今日に至っています。
幼児教育が無償化され、「幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿」が公表され、そしていま、幼児教育と小学校教育をスムーズにつなげる架け橋特別委員会が立ち上がり、全国の幼稚園・保育園で小学校との連携を模索した実践が始まっています。
パイロット園の実践が2022年4月から始まり、その成果を待って2023年4月から全国の幼児教育機関で新しい実践が始まることになっています。この動きは「幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿」が2017年に発表されて以来、多くの自治体で始まってきた幼小連携の動きに拍車をかけることになり、さまざまな実践が蓄積されていくことになるはずです。
私が特別参与としてかかわってきた「大阪市保育・幼児教育センター」のさまざまな活動は、国の動きに先んじて実践活動をおこなってきた典型例だと思います。「無償化だけではなにも変わらない」「教育の中身を変えていかなければ無償化した意味はない」という、当時の吉村大阪市長の考えに沿って2017年に立ち上がった保育・幼児教育センターの活動は、実践例が少ない日本の幼児教育界のなかで、意味のある実践の積み上げだと思います。
架け橋特別委員会に参加される有識者の皆さまも、抽象的な議論をするだけでなく、こうした地道な実践活動を評価し、そこで出された課題をどう解決していくのかを議論していくべきだと思います。
実践活動を媒介としないで、それぞれの専門分野の話をしても、具体的な議論は進まないまま、結局最後は現場に丸投げということになるのではないかと懸念しています。
「遊びの経験」をいかに将来の教科学習につなげるか
大阪市の実践活動を見ても、また架け橋委員会の議論を見ても、幼児教育の具体的内容を考える際のキーワードは「遊びと学習」ということになるでしょう。
その意味で、これまでの日本の「遊び保育」は、方向性は間違っていなかったはずです。ただ、遊びと将来の学習との繋がりがあいまいで、「遊び保育は大事だけれどもそれだけでは…」という疑問につながっていってしまったように思います。
しかし、幼い子どもの成長を見てみると、まさしく遊びそのものが学習であることがわかります。そうした遊びの経験をいかに将来の教科学習につなげていくかの視点が欠落していたために「遊びだけでは…」ということになってしまったはずです。
「遊びか学習か」という大人の発想ではなく、遊びそのものが学習であることを正当に評価し、年齢が上がるにつれて「遊びを通して学ぶ」「遊びを入り口にして学びに発展させていく」といったイメージで、「学びの設計」をしていくべきだと思います。
生活や遊びの場面から、論理的思考力を問う問題が増加
昔から、「系統学習」か「生活単元学習」かの論争がありましたが、幼児期の教育は当然「生活単元学習」であるべきで、そこにどのように系統性を持たせるかを考えるべきです。
知識偏重型のテストから問題解決型のテストに代わっていく大学入試を見れば、これからの日本の教育がどのような方向を向いていくかが予想できます。そのときに課題になるのは、主要教科の壁を取り払って、具体的な問題を解決するために、論理・数学的な発想、生物学的な知識、読解力…と教科の枠を超えたさまざまな能力が必要とされ、それらを総動員しなければ解けないような問題が増えていくことです。
数式の世界だけで問題を解くのではなく、立式をするためにさまざまな能力、特に読解力が必要だという今回の大学共通テストの分析はとても重要です。
それは、これまでの小学校算数における文章題論争――計算だけできても文章題ができなければ、本当に算数がわかったことにはならない――という議論に似たところがあります。数式の世界だけで問題を解くのではなく、実際の生活の場で起こる問題を解決するために、状況を把握しどんな数式を立てれば問題が解決するかを考える必要があります。文章を読み、さまざまな情報を読みこなす力が必要です。
それは、幼児期の教育においても同じことがいえます。遊びや生活の場を再現し、そこで問題を立てていくような傾向が、最近の小学校入試で出される問題の一つの特徴です。50年前の知能検査的な問題は少なくなり、生活や遊びの場面を使って論理的思考力を問う問題が増えています。一つ紹介しましょう。
「位置の対応」
(問1)
動物村には、たくさんの動物たちを乗せられる汽車があります。汽車は、下に並んでいる動物たちを左から順番に箱に乗せて、満員になったら1周回ってみんなを降ろし、次の動物たちを乗せてまた回ります。
●動物たちが順番に乗ると、イヌさんはどの箱に乗りますか。その箱に青い〇をつけてください。
(問2)
今度の汽車は向こう側の駅でみんなを降ろし、戻ってきて次の動物たちを乗せてまた向こう側に行きます。いまもう、箱のなかに何匹かの動物が乗っています。下に並んでいる動物は空いているところから乗り始めます。
●ウシさんはどの箱に乗りますか。青い〇をつけてください。
(問3)
今度も向こう側の駅でみんなを降ろし、戻ってきて次の動物たちを乗せてまた向こう側に行きます。今度の汽車では、黒い箱には2匹の動物が乗ります。白い箱には1匹の動物が乗ります。
●動物たちが順番に乗っていくと、旗のついた箱にはどの動物が乗りますか。その動物に青い〇をつけてください。戻ってきたときの汽車に乗る動物も考えてください。
皆さまも、遠足やご家族で遊園地に行かれた際に汽車に乗られた経験がおありかと思います。その場面を使った3つの問題は、それぞれ工夫を凝らして求めるべき思考力のレベルを易しいものから難しいものへ配列してあります。
最初の問題は、犬が前から15番目にいますから、1周回って全員降りて、2回目に乗ることになります。1回目では8匹しか乗れませんので、2回目の前から7番目に乗ることができます。
2問目も同じような場面設定ですが、1問目と違うのは反対側に駅ができ、こちらに戻ってくるときはすでに何匹か乗っていて、空いている席に次の動物たちが乗るという設定です。すでに3匹乗っていますので、その席を外して前から5番目にいるウシがどこに乗れるかを探さなければなりません。
3問目も2問目同様に向こう側の駅で何匹か降り、戻ってくる設定になっています。今度はこちら側にくる際に誰も乗っていませんが、箱によって乗る匹数が変わっています。黒い箱には2匹、白い箱には1匹乗る約束になっています。この約束で、旗の付いた箱には誰が乗るかを考える問題です。
子どもたちにとって、きっと一度は経験のある「遊園地の汽車に乗る」という設定で作られた3つの問題は、考え方の系統性を踏まえ、2問目、3問目と進むにつれて質問が難しくなっています。
生活のなかのありふれた場面を使って将来の思考力の土台をつくる、こうした問題が小学校の入試でもたくさん出されていくことを願っています。話を理解し、その場面をイメージし、質問の意図を踏まえて答えを導き出す…このプロセスにこそ、「考える力」を鍛えるチャンスがあるのです。
久野 泰可
こぐま会代表