「この年金額では暮らせない…」日本における高齢者の貧困問題〈連続発生〉の切実な事情

「この年金額では暮らせない…」日本における高齢者の貧困問題〈連続発生〉の切実な事情

日本では、支給される公的年金額の不足に苦しみ、また十分な老後資産も形成できず、貧困にあえぐ高齢者が続出しています。その一方、周到に老後の計画を立て、問題なく生活を送っている高齢者もいます。両極端ともいえるこの高齢者の生活ぶりですが、それぞれの層を分断しているのは「金融知識」の有無であり、その効果は想像以上に大きいということが明らかになりました。

他の先進国ではすでに「高齢者教育」が始まっている

こうした点を踏まえ、高齢期の生活設計の問題、貧困化への対処策としては高齢期において貧困化のリスクの大きい層を対象にした中年期の人々への金融及びファイナンシャル・プランニングの研修、教育、支援を公的な制度とすることを、筆者は提案します。行動バイアスの一つである「現在バイアス」では、人には老後のことは軽視する傾向があるとされていますが、適切な教育・研修・支援で行動変容を促すことが重要です。

 

例えば、ファイナンシャル・プランニング技能士1級およびCFPの資格保有者が一定の研修を受けた後、高齢期に入る前の年齢層の中から対象者を選び、リスクの程度に応じたファイナンシャル・プランニングの研修・指導・支援を行うなどです。

 

『消費者教育』vol.28の「多重債務者間題に対応した家計簿記帳に関する研究」執筆者の鎌田浩子氏・小野由美子氏・松葉口玲子氏・西村隆男氏によると、米国では、自己破産のように家計が破綻した人に対してカウンセリングを司法省による認証を受けたカウンセリング機関において、有資格者(認定クレジットカウンセラー・CFP・CPAなど)が行っていて、その内容は、返済計画の作成、生活設計、ライフプランニング、予算管理等であるといいます。

 

一方我が国の場合、多重債務を自己破産や任意整理等の方法で一時的に解消したとしても「家計管理能力を回復しない限り、心身ともに健康な生活は実現されえないことは明らか」だといいます※5。高齢期に貧困化するような人々には、年金の増額のような政策と共に、家計管理能力の強化が必要なのです。

 

※5 鎌田浩子・小野由美子・松葉口玲子・西村隆男「多重債務者間題に対応した家計簿記帳に関する研究」『消費者教育』vol.28、2008年、67-76頁。

 

またドイツでは、EY総合研究所によれば、国家、NPO等が中心となり、高齢者から若者に対してフェイス・ツー・フェイスによる退職準備教育など草の根の啓発活動が全国で実施され、多くの参加者を得ています。具体的には「退職準備学校」キャンペーンが2007年スタートし、12時間の研修コースにおいて、30~45歳の成人が高齢者の知見(退職向け準備)を学んでいます。研修コースは500か所の成人教育センターで実施されているのです※6

 

※6 EY総合研究所「諸外国における家計の安定的な資産形成の促進に向けた政策的取組みに関する調査研究報告書」01.pdf(fsa.go.jp)(2021年8月11日入手)

 

そして、東京大学名誉教授で、現在は武蔵野大学法学部法律学科特任教授の樋口範雄氏によると、米国の高齢者法では「事前に(advance)」「計画(planning)」という言葉が多用されているといいます。人は高齢期に入ったら何等かの研修を受ける仕組みが必要であり、そこで高齢期の諸問題に対する対策を予め学習ことが必要なのです。一人で様々な問題についてプランニングをすることは困難であり、高齢者を支援するネットワークが必要です。児童に児童相談所があるように、高齢者相談所があってよいのであり、事前の取組が重要だとしています※7

 

※7 樋口範雄「高齢者と法」『高齢者の自立と日本経済』21世紀政策研究所、2020年、3-19ページ。

 

 

藤波 大三郎
中央大学商学部 兼任講師

 

 

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