「高齢世帯の貧困」ますます深刻化…公的年金削減&伸び続ける寿命、政府の対応策は?

「高齢世帯の貧困」ますます深刻化…公的年金削減&伸び続ける寿命、政府の対応策は?

わが国では高齢者数が増加し続けているのは周知のとおりです。しかし、高齢者の家計の現状は必ずしも安泰とはいいがたく、時間の経過とともに資産の枯渇が懸念されるケースは少なくありません。ここでは、高齢者の貧困の要因を概観するとともに、学術的な観点から対処策を考察します。

貧困層と富裕層…二極化する高齢者世代

内閣府によると、「所得再分配調査」に基づく当初所得のジニ係数は1990年代後半以降、急速に上昇していますが、再分配所得、すなわち税・社会保障(医療等の現物給付を含む)による再分配後の所得のジニ係数は緩やかにしか上昇していません。

 

この差は「所得再分配効果が強まった」ことで説明されるとされており、社会保障については、高齢化の影響、すなわち単純に高齢者が増加したことによって年金、医療などの給付が増加したことが大きいといえます。また、制度改正等により保険料が上昇してきたことなども、再分配効果を高める方向に作用したと考えられるとしています(内閣府、2009)。

 

ですが、わが国の公的年金はマクロ経済スライドにより、将来的には約2割削減される予定です。現在も貧困状態にある高齢者世帯は少なくなく、男女ともに65歳以上になると相対的貧困率は15%を超え、その後は年齢と共に上昇します。今後はこの数値が上振れすると考えられているのです。

 

2019年の金融審議会の市場ワーキング・グループのレポートで、いわゆる「老後2000万円問題」が起こりましたが、その試算では毎月の不足額を約5万円としていました。しかし、将来的な的年金の削減幅は月4万円程度です。つまり、毎月の不足額は約9~10万円となり、「老後2000万円問題」ではなく、「老後4000万円問題」になると考えらえるのです。

 

しかし一方で、高齢者世帯には富裕層も多く、世代内の格差の拡大が起きています。この要因は、経済のグローバル化による、賃金の削減、製造業での低スキルの人々の失業、雇用の非正規化があります。

 

こうした状況下で人生100年時代を迎えるにあたり、一生を通じた生活設計、ファイナンシャル・プランニングは極めて重要となっています。

標準世帯でない人々への対処策…国内有識者の見解は?

上述の懸念事項について、先行している研究事例をご紹介したいと思います。

 

高齢期の生計を支える公的年金等について

 

少子高齢化への対応策として、公的年金制度にて採用されている「マクロ経済スライド」の制度は、スウェーデンの制度の一部をまねた制度として2004年に導入されました。これにより、厚生年金の場合、給付水準を現在の水準から約2割、国民年金は約3割低下させ、これ以上の現役世代の負担増加を防ぐことを目指しているのです。

 

このマクロ経済スライドについて、一橋大学経済研究所教授の祝迫得夫氏は「マクロ経済スライドにより公的年金の長期的な維持可能性を担保する自動調整機能が制度の中に明確に組み込まれた」としています。

 

年金問題の専門家間では、この問題に関する評価は、5年ごとの公的年金財政検証を経てほぼ固まっており、わが国の公的年金制度が破綻する可能性はまずなくなったわけですが、その代わり、制度維持のための自動的な削減で年金給付の水準が低下してしまうことが、将来の大きな懸念材料となっています。今後の年金給付水準の低下は、低所得層にとってより厳しいものになると思われます※1

 

※1 祝迫得夫「高齢化社会と家計の金融経済行動―公的年金改革の影響とフィンテックがもたらすインパクト―」『証券アナリストジャーナル』第59巻7号、2021年、6-15頁。

 

また、慶應義塾大学経済学部教授の駒村康平氏も、「マクロ経済スライドによる年金水準の引き下げは年金財政の問題を生活保護に押し付けるものであり、年金財政の安定性と引き換えに生活保護制度がなし崩し的に機能不全になる可能性もある」としています※2

 

※2 駒村康平『日本の年金』岩波書店、2014年、153頁。

 

実際、わが国の公的年金制度を海外と比較すると、それはOECD平均を下回る水準でしかありません。金融庁によれば、日本の公的年金の所得代替率はOECD平均を大きく下回り、私的年金を含む所得代替率はOECD平均をやや下回ります。高齢者世帯の平均所得は日本が318.6万円、米国が629.5万円であり、公的年金の所得代替率は、日本は公的年金のみでは34.6%であり、OECD平均の40.6%に大きく劣るのです。

 

ですが、私的年金も含めると日本は57.7%、OECD平均が58.7%となり、概ね並ぶことになります※3。つまり公的年金制度は、国際的にみても不十分なのです。

 

※3 金融庁「人生100年時代における資産形成」2019年03.pdf(fsa.go.jp)(2021年8月16日入手)

 

さらに、国際医療福祉大学総合教育センター教授の稲垣誠一氏によれば、公的年金制度が今日の高齢者の生活の支えとなっていることは事実であり、とりわけ1990年代以降、成熟した公的年金制度が実を結んだとしながらも、「これは伝統的な家族を想定した仕組み、すなわち、男女は結婚して離婚はせず、夫が終身雇用の正社員で妻が専業主婦、子どもは2人といったライフスタイルが想定されている」と指摘しています。

 

現在の高齢者はこの典型的なライフスタイルを歩んできましたが、すでに過去のものとなり、2020年代に高齢者となり年金受給世代となるのは、新しいライフスタイルの世代なのです。

 

現在の年金制度は少子高齢化については考慮されているものの、これらのライフスタイルの大きな変化については十分考慮されておらず、潜在的なリスクは残されたままであるといえます※4。内閣府によれば、2040年の生涯未婚率は男性29.5%、女性18.7%と予想されています※5

 

※4 稲垣誠一「厚生年金の適用拡大がもたらす貧困率改善効」『日本年金学会誌』第36号、2017年、4-9頁。

 

※5 内閣府「少子化社会対策白書」令和3年版少子化社会対策白書全体版(PDF版)(cao.go.jp)(2022年4月7日入手)

 

この予想からすると「標準世帯ではない人々」への対処策が必要となってきます。事実、50歳時点の有配偶者割合は男性69.8%、女性73.88%であり、これが「高齢者の3人に人は独居高齢者」と言われる要因と考えられます(人口統計資料集2021)。

 

また、名古屋市立大学・大学院経済学研究科の江淵剛氏は「企業年金の給付期間として有期であるプランが大半のわが国において、企業年金による終身にわたる所得保障の享受が難しいことから、保障準備は自助努力に委ねられることとなる」と論じています※6。つまり、企業年金がある比較的恵まれた約2割の高齢者世帯であっても、長寿化の中で貧困化リスクが増大していくということです。かつての厚生年金基金は終身の給付が義務でしたが、現在の確定給付年金制度はそうではありません。

 

※6 江淵剛「退職給付制度の現代的特質と持続可能性-企業年金を中心に-」『保険学雑誌』第629号、2015年、89-107頁。

 

一方、一橋大学名誉教授の高山憲之氏は「長寿化が進行していく中で、現在の若年層は65歳超まで働きつづけることにより、現在の高齢者が受給している年金水準と同程度の公的年金給付を受給することができる。ワーク・ロンガー(work longer)は年金問題を解決するための切り札である」「2019年度時点で20歳の世代は、現行制度が変わらなくても、66歳9ケ月まで就業を継続し、かつ、繰り下げ受給を選択すれば、2019年度に65歳となった世代と同一の年金水準を確保することができる」※7と述べています。

 

※7 高山憲之「公的年金の財政検証」『季刊個人金融2020春』2020年、2-10頁。

 

繰り下げ支給の効果だけでも、2年繰り下げで約17%の増額となり、マクロ経済スライドによる削減分は概ね埋め合わせることができます。その2年間は、支給相当の金融資産取り崩し、もしくは就労による収入が必要となりますが、高山氏は就労が可能としています。実際、2021年4月からは70歳までの就業機会の確保が企業の努力義務となっています。

 

 

藤波 大三郎
中央大学商学部 兼任講師

 

 

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