(※写真はイメージです/PIXTA)

老後資金の問題が大きな関心を集めていますが、政府発表の統計を見る限り、致命的とまではいいきれない数字になっています。しかし、実情を詳しく探っていくと、同世代間において、学歴や就業先に大きく影響される「想像を超えた所得格差」が浮かび上がり、また、今後もそれを埋めることは容易でないことが明らかになります。

高齢期の経済的安定があるのは、大企業勤務経験者だけ

高齢期の備えとしての貯蓄は、平均値で見ると問題は少ないといえますが、世代内の格差は広がりつつあり、低所得者は生活保護による支えを必要とし、大企業勤務の経験のある者だけが比較的高齢期が安定していると言えます。

 

その背景には「所得そのものの減少」があり、所得の再配分機能にも限度があるためと考えられます。少子高齢化に伴う公的年金の将来的な支給額の削減は、この再配分機能を更に小さくし、高齢者層のジニ係数を増大させることになるでしょう。また、中年期においてすでに格差は拡大しており、その内、中年期の資産形成が不十分であった人が、高齢期の貧困化に陥るのではないかと考えられます。

 

この所得の減少、つまり賃金の低下傾向は1990年代後半から発生しています。

 

我が国は1990年代から株式市場でグローバル化が起こり、流動的な株式市場へと変化しました。しかし、労働市場は非正規雇用が増大したものの、依然として日本的経営による長期雇用が主流で、流動性が低いという制度的なミスマッチがあります。そのため雇用の維持を優先し、労働分配率が低下して賃金が抑制されているのです。

 

2022年4月から東京証券取引所は、従来の市場を海外の機関投資家の投資対象となるようなプライム市場を中心に再編成しており、株式市場のグローバル化の促進を図っています。現在の世界の機関投資家はESG投資の観点を意識するようになっており、単純な利益追求の姿勢は後退しましたが、その流動性はかつての我が国の銀行と企業の株式持合いに比べれば、高いことに変わりありません。

 

図表のように、労働分配率と企業の海外売上比率の状況には負の相関性があります。大企業はわが国のGDPには寄与しない外での活動を拡大し、利益を増加させ、海外現地法人の内部留保を増やして更なる海外での展開を目指す一方、国内の従業員への利益還元は抑制されています。

 

注)1990 年~2012 年、相関係数0.88、p値<0.05 資料:経済産業省「白書2015」 、労働活用労働統計(2018年版)
[図表]海外売上比率と労働分配率の関係注)1990年~2012年、相関係数-0.88、p値<0.05
資料:経済産業省「白書2015」、労働活用労働統計(2018年版)

 

千葉大学大学院社会科学研究院教授の伊藤恵子氏によれば、「グローバル化が特に低スキルや中スキルの定型的業務に従事する労働者に対し雇用や賃金面で負の影響を与えたことは多くの研究で確認されている」※1、つまり、製造業のグローバル化は国内の雇用に貢献しないのです。

 

※1 伊藤恵子「グローバル化と労働市場─産業構造変化を通じたマクロ生産性への影響」『日本労働研究雑誌』No.696/July、2018年、4-17頁。

 

慶応義塾大学教授の清田耕造氏は、一般に国際的な資本移動は国内の生産パターンの変化、すなわち産業構造の調整を伴い、そして、この産業構造の調整、労働の産業間の移動を促すことになるといいます。国際間の資本移動や生産パターンの変化が急激である場合、労働者がある産業から別の産業へと移っていく過程で失業が生じうる※2と主張します。

 

※2 清田耕造「直接投資は産業の空洞化をもたらすか-1990年代以降の実証研究のサーベイ」

https://www.cba.ynu.ac.jp/gakkai/kaisi/pdf/34-4-4.pdf(2021年12月14日入手)

 

製造業について厚生労働省によると、各都道府県の完全失業率を被説明変数、就業者に対する製造業比率を説明変数とした単回帰分析を行うと、景気拡張局面である2010年では製造業比率が高い都道府県ほど完全失業率が低い傾向にあります。このことから、製造業には雇用創出効果があると考えられるとしています※3。こうした製造業の雇用創出効果は海外への生産シフトで減少し、いわゆる中流と呼ばれる階層は縮小しているのです。

 

※3 厚生労働省「製造業の果たす役割と労働移動」閣議版-第2章(mhlw.go.jp)(2022年2月14日入手)

 

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