大企業と中小企業、東京と地方で格差拡大
■アベノミクスで拡大した格差
―─安倍政権発足以降に平均年収が上昇に転じたということは、アベノミクスはある程度成功したのでしょうか?
北見 安倍政権は賃金を引き上げるために官製春闘を実施して、政策として最低賃金の引き上げも続けました。その効果はあり、平均年収が上昇に転じたことに加え、正規従業員の数は2012年の3012万人から2019年の3485万人まで473万人も増えました。正規従業員の平均年収は、同期間で468万円から505万円まで37万円増えています。
しかし、アベノミクス以降は大企業と中小企業、または東京と地方などの格差が開きました。
国税庁の統計では、資本金に応じて企業を分類しています。一番大きい企業群が資本金10億円以上(大企業)で、一番小さい企業群は資本金2000万円未満(中小・零細企業)です。両者を比べると、大企業の平均年収は2012年の653万円が2019年には705万円まで増えており、中小・零細企業の平均年収も同様に同期間で359万円から395万円まで増えているのですが、その差は295万円から311万円に開いたのです。そして大企業の平均年収705万円に対し、中小・零細企業の平均年収は395万円。割合にして56%であり、大企業の半分です。
―─北見さんは、社会保険労務士として長年にわたって顧客企業の従業員の給料を見てきましたが、実感としてはどうでしょうか?
北見 さまざまな格差が改善されている印象はまったくありません。たとえば企業の内部留保の積み上がりが時に問題視されますが、アベノミクス以降、大企業では内部留保がガツンと積み上がる一方で、中小企業は内部留保できるほど利益は出ていないのです。
また、国税庁の民間給与実態調査は各国税局管内地域ごとの数字が出ますが、全国12の国税局ごとに見ると、明確に格差が開いたのです。
全国の平均年収は2012年から2018年までに32万7000円増えましたが、平均年収が増えた1位は東京国税局管内(東京、神奈川、千葉、山梨)で40万2000円増、2位は札幌(北海道)で38万6000円増、3位は沖縄(沖縄)で37万4000円増。全国平均よりも増えたのはこの3国税局管内だけで、東京の一極集中が見て取れます。札幌と沖縄が増えたのはいわゆるインバウンドの影響かもしれません。
続けると、4位の名古屋(愛知、岐阜、静岡、三重)は31万9000円増、5位の関東甲信越(埼玉、茨城、群馬、栃木、新潟、長野)は30万円増。そして以下は30万円を割り、6位の広島(広島、岡山、山口、鳥取、島根)は28万8000円増、7位の大阪(大阪、兵庫、京都、滋賀、奈良、和歌山)は27万8000円増、8位の仙台(青森、岩手、宮城、秋田、山形、福島)は24万9000円増、9位の金沢(富山、石川、福井)は24万7000円、10位の熊本(熊本、大分、宮崎、鹿児島)は24万4000円増。
そして増加額20万円を割るのが11位の福岡(福岡、佐賀、長崎)の19万円増、最下位の高松(徳島、香川、愛媛、高知)の18万3000円増です。福岡と高松に至っては東京の半分も上がっていません。
また、男性と女性の格差は相変わらず大きく、しかもその格差は開いている傾向が見えます。2018年の男性の正規従業員の平均年収は560万円ですが、女性の正規従業員は386万円でしかなく、男性の約7割です。そして2012年から18年までに男性は39万4000円増えているのに対し、女性は36万4000円しか増えていません。
アベノミクスにより平均年収は上昇に転じて正規従業員が473万人増えたため、一見すればある程度成功したように見えますが、東京と地方、大手と中小、そして男性と女性の格差は開きました。アベノミクスの利益は東京の大企業が独り占めしたように見えます。しかし繰り返しますが、それでも1997年のピーク時に比べればまだ30万円も低いのです。