肉の値段で考える「上限価格」
■「食品が高すぎる!」市民の訴えに応じて、政府が価格を制限した結果…
1970年代のはじめ、アメリカでは食品価格が際限なく上昇していた。その結果、政府が市場に介入して価格の上昇を止めてくれと訴える市民が続出した。そこで政府は、問題の根源を突き止めて対処するのではなく、対症療法に走ってしまった。家計の苦しみを軽減するために、第37代大統領、リチャード・ニクソンは価格統制を実施したのだ。具体的には、食品価格に上限を設定した。小売店は、政府が決めた上限価格より高い価格で売ることはできない。
このように政府が決めた価格の上限を「上限価格」という。ニクソン政権の考えでは、政府が食品に上限価格を設定すれば、食品の値上がりが止まり、すべての人が望んだ価格で欲しいものを買えるようになるはずだった。もちろんこの考えは、人間が人間らしく行動“しない”ことが前提になっている。
■価格を下げた結果、生産量が減って結局「買えなくなって」しまった
ここで思い出してもらいたいのは、価格は需要と供給の均衡によって決まるということだ。さらにもう1つ、需要と供給を決めるのは人間の本質だということも思い出してもらいたい。
需要の法則によると、価格が下がれば、消費者にとってはもっと買うインセンティブになる。逆に価格が上がると、消費者にとっては買う量を減らすインセンティブになる。一方で供給の法則によると、価格が上がると、生産者にとってはもっと生産するインセンティブになり、そして価格が下がると生産量を減らすインセンティブになる。
そこで、上限価格が食品市場に与える影響を考えてもらいたい。ヒントとなるのはインセンティブだ。価格の上限が決まっている場合、消費者にとってはもっと買うインセンティブになり、生産者にとっては生産量を減らすインセンティブになる。
たとえば、肉が1ポンド(約450グラム)につき5ドル(約580円)で売られているとしよう。消費者にとってこの価格は高すぎる。そこで彼らは、1ポンド3ドル(約350円)の上限価格を決めてほしいと政府に訴えた。議員も大統領も、いちばん求めているのは再選されることだ。そこで彼らは、消費者の願いを聞き入れて上限価格を設定する。
3ドルという価格は、消費者にとっては「もっと買え」という合図になるが、生産者にとっては「生産量を減らせ」という合図になる。その結果、何が起こるかというと、1ポンド3ドルの肉が品不足になるという事態だ。その価格では、肉の需要が供給を上回ることになる。消費者は望み通りの上限価格を手に入れたかもしれないが、肝心の肉が手に入らなくなってしまった。
最終的に、アメリカは価格統制を撤廃した。しかしその原因となったインフレを抑制するまでには、それから10年の月日を要した。政府に価格統制を求める声は現在でも残っている。たとえば2007年には、ガソリン価格に上限を決めてほしいという訴えがあった。
人間は相変わらず人間らしく行動し、依然として安い価格を求めている。政府も消費者も過去の失敗から学んで賢くなり、市場をコントロールしようとすると意図しない結果につながることを理解しなければならない(※)。
※訳注:日本でも価格統制はほぼ撤廃されたが、「物価統制令」という法律はま
だ残っていて、公衆浴場の入浴料に適用されている。