最低賃金などの「下限価格」について
■最低賃金がアップしても、労働者に恩恵はないかもしれない
需要と供給の基本を無視しているのは消費者だけではない。生産者もまた、ときには「下限価格」を要求することがある。下限価格とは、法律で定めた財、サービス、リソースの価格の下限のことだ。
おそらくもっとも有名な下限価格は「最低賃金」だろう。労働力のようなリソースを扱う市場では、家計が供給の側で、ビジネスが需要の側だ。単純労働の労働者がたくさんいる地域を代表する政治家は、有権者から最低賃金を上げるように圧力をかけられることが多い。最低賃金を上げることを正当化するには、賃金が上がっても経営者が同じ数の労働者を雇い続けるという前提が必要になる。しかし、これもまた、人間が人間らしく行動することを忘れてしまった前提だ。
たとえば、ある大都市の市議会が、有権者からの強い要望を受けて最低賃金を引き上げたとしよう。以前は連邦政府が決めた額だったが、市独自の判断で最低時給を10ドル(約1150円)とした。さらに、この市内の均衡賃金(市場の競争で決まった賃金)は、市の中心部で時給8ドル(約920円)、郊外で時給11ドル(約1270円)だとする。
最低賃金が時給10ドルになったことで、市の中心部と郊外それぞれでどんなことが起こるだろう? 市の中心部では、より多くの生産者(労働者)が供給を増やそうとするが、高い価格でも購入したいという消費者は少なくなる(消費者が雇用主で、購入するとは労働者を雇用すること)。その結果、単純労働の労働者の余剰が生まれる。つまり「失業」だ。
一方で郊外では、最低賃金の上昇は何の変化ももたらさない。均衡賃金がすでに時給11ドルだからだ。最終的に、この施策で助かったのは、仕事を維持できた単純労働者だけだった。余剰とされた人は解雇され、新しく仕事を見つけようとする人も、見つけることができなくなってしまった。
興味深いことに、最低賃金の引き上げに賛成するのは、最低賃金の引き上げによってもっとも被害を受ける人たちでもある。最近は政治家もそれがわかっているので、単純労働の均衡賃金より安い最低賃金を設定することが多くなった。たとえば、単純労働の均衡賃金が平均して時給8ドルで、最低賃金が6ドル(約690円)の場合、政治家は喜んでそれを7.5ドル(約860円)に引き上げる。経済的な影響はほとんどなく、しかも自分は最低賃金を引き上げたという実績をつくることができるからだ。
デーヴィッド・A・メイヤー
ウィンストン・チャーチル高校 AP経済学教師
桜田 直美
翻訳家