現在のお金、「不換紙幣」が生まれるまでの歴史
■かつてのお金は、お金以外の使い道もある「実物紙幣」
さまざまな時代とさまざまな文化で、さまざまなものがお金の役割を果たしてきた。たとえば、塩、タバコの葉、貝殻、大きな石、貴金属、非貴金属、皮、紙巻きタバコなどだ。他にもまだたくさんある。時代が下るにつれて日用品をお金として使うという習慣はなくなり、現在は「不換(ふかん)紙幣」と呼ばれるお金が使われている。
比較的稀少な鉱物、金属、農作物が交換の手段として用いられる場合、そのお金は「実物貨幣」と呼ばれる。たとえば金や銀でできた硬貨(金貨と銀貨)は実物貨幣だ。実物貨幣の利点は、お金以外の使い道もあるということだ。
1980年代のアメリカでは、多くの女性が中国のパンダ金貨やカナダのメイプルリーフ金貨などをアクセサリーにして楽しんでいた。植民地時代にアメリカに移り住んだ人たちは、タバコを通貨として使い、さらにその同じタバコを吸っていた。今では簡単に手に入る塩も、古代ローマでは貴重品で、兵士への給料の支払いに使われていた。
■実物の金に代わり、「金を預けているという“証拠”」を使用するように
とはいえ、実物として使うこともできるという利点は、お金として使うときには欠点にもなる。あるものをお金としても日用品としても使っている国では、そのものの価値が高くなりすぎてしまうかもしれない。
そこで、実物貨幣の代わりに登場したのが「兌換(だかん)紙幣」だ。金(ゴールド)の特徴の1つは密度が高いことであり、そのため大量の金貨を運ぶのは重くて大変だという問題がある。そこで金細工師たちがある解決策を思いついた。金を預かるときに発行する預かり証を通貨の代わりにするのだ。
これが兌換紙幣の誕生だ。支払いに本物の金を使うのではなく、金を預けてあるという証拠の預かり証を使う。そして本物の金が必要になったら、金を預けた金細工師のところへ行って預かり証と交換すればいい。年月とともに人々がこのやり方に慣れてくると、兌換紙幣が定着することになった。
■現代のお金も仮想通貨も、それ自体は無価値。裏付けとなる実物もない
兌換紙幣が広く受け入れられていたことを考えれば、お金の次の進化も想像できるだろう。この紙のお金は、別に金や銀と交換できなくてもかまわないのではないか?
歴史をふり返ると、戦争や危機などで、兌換紙幣と金や銀との交換が停止したことが何度かある。たとえば1933年には、アメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領が、兌換紙幣であるドル紙幣を「不換紙幣」と呼ばれるものに変更するという大統領令にサインした。
不換紙幣とは、国が定めた通貨であり、さらにそれ自体では価値を持たない紙幣ということだ。かつての金の預かり証と違い、何らかの実物の裏付けがあるわけではない。また「紙幣」という名前だが、紙のお札だけでなく、バーチャルの通貨も不換紙幣だ。
通貨がお金として機能するのは政府がそう決めたからであり、さらにお金を使う側の人々がそれを受け入れているからだ。アメリカのドル、EUのユーロ、イギリスのポンド、日本の円をはじめ、世界各国で使われるお金のほとんどが不換紙幣だ。
金を価値基準とする「金本位制」に戻すべき?
■「金本位制であれば、インフレは起こらない」
アメリカでは「連邦準備制度(アメリカの中央銀行。通称FED)を廃止し、金本位制に復帰するべきだ」という考えがいまだ根強い。金本位制では、お金はすべて兌換紙幣であり、すべてのお金に実物の「金」の裏付けがある。
実際、20世紀の前半のほとんどの時期で、アメリカは金本位制を採用していた。つまり、ドル紙幣を持って銀行に行けば、金額に応じた金や銀と交換できたということだ。金本位制を採用している国は、保有する金と銀の額しかお金を発行できないことになる。そしてすべてのシステムと同様に、この金本位制にも利点と欠点がある。
明らかな利点の1つは、お金を刷りすぎてお金の価値が下がるのを防げることだ。物価が上がる「インフレーション(インフレ)」を抑制し、さらに政府がお金を借りすぎていないかチェックする機能も果たしている。
インフレの原因は究極的にいえば、市場に出回るお金が多すぎることだ。余分なお金が物価を押し上げ、ほとんどの財やサービスが高くて買いにくくなる。しかし金本位制であれば、人々はインフレにはならないだろうと考える。その結果、物価が安定するだけでなく、雇用と経済全体も安定する。
■ただし、金本位制は経済成長の足かせになる
金本位制の大きな欠点は、経済成長の足かせになることだ。アダム・スミスの言葉を借りるなら、「富とは国家がどのくらい金や銀を所有しているかということではなく、その国の経済が生み出したすべての財とサービスの合計」だ。そのように考えれば、ある経済が所有するお金の量は、その経済が富を生み出す能力を何らかの形で反映しているべきだろう。
ビジネスが拡大すると、財やサービスを生産するために、そして財やサービスへの需要に応えるために、道具、工場、備品などを新しく購入するお金が必要になる。つまり、経済全体の生産能力が高まると、経済に出回るお金の量も増えるということだ。金本位制では、国が保有する金や銀の量で発行できるお金の量が決まってしまう。金や銀が少ないとお金も増やすことができず、経済の成長が阻害されてしまうのだ。
現代のお金は「想像の産物」
■現在のお金の裏付けは「信用」だけ
現在採用されている不換紙幣のシステムは、これまで述べてきた金本位制の弱点を補う目的で生まれた。不換紙幣は実物の裏付けが一切ないために、経済の成長に合わせてお金も増やすことができる。この柔軟性こそが、不換紙幣の最大の利点だ。ただし、人々がお金への信用を失わないようにするために、中央銀行は慎重に世の中に出回るお金の量をコントロールする必要がある。お金が多すぎても、少なすぎてもいけない。
よくよく考えてみれば、不換紙幣のシステムはまるでSFのようだ。現代のお金は、それ自体は無価値であり、そのお金で償還できるのは同じ金額のお金だけだ。不換紙幣が機能しているのは、政府が「このお金には価値がある」と言っているからであり、さらにすべての人がそれを信じているからだ。つまりお金の裏付けは「信用」だけ、ということになる。
そう考えてみると、銀行振込、オンライン決済、デビットカード、小切手という支払い方法も不思議だ。あなたは働き、家賃や光熱費を払い、スーパーなどで買い物をして生活している。仕事で成功して大儲けすることもあるかもしれない。それなのに、何日間も、ときには何週間も、実物のお金をまったく触らないこともある。見ることもなければ、匂いを嗅ぐこともない。
お金はみんなの想像の産物だ。銀行に預けたお金について考えてみよう。銀行の金庫にあなたの名前を書いた箱があり、その中にあなたが預けた金額のドル札の現物が入っているわけではない。銀行預金の正体は、ただのコンピューターに保存された情報だ。
このように、お金は信用によって成り立っている。そのためその信用を損なうようなことがあると、お金は壊滅的な打撃を受ける。供給過剰や偽造は、あらゆる通貨にとって大きな脅威になる。
供給過剰が危険なのは、お金がありすぎることでお金が価値を失い、それがインフレにつながるからだ。歴史をふり返れば、それは明らかだ。たとえば第一次世界大戦の終わりから第2次世界大戦の始まりまでの期間、当時ワイマール共和国と呼ばれていたドイツは通貨を過剰に発行した結果、極端なインフレと経済危機が起きた。
通貨の偽造は、犯罪が目的のこともあれば、敵国の経済を混乱させることが目的のこともある。偽造通貨が経済に出回ると、人々はお金を信用できなくなる。これらの危険に対応するために、政府はさまざまな策を講じて通貨の信用を守り、さらに偽造が難しくなるように工夫している。
デーヴィッド・A・メイヤー
ウィンストン・チャーチル高校 AP経済学教師
桜田 直美
翻訳家