一級建築士は「どんな建物でも建てられる」のか?
【落とし穴1】建設会社=あらゆる建設に対応できるという思い込み
A社の場合、単に過去に付き合いがあるという理由だけでパートナーを決めてしまうという危険は、専務のリーダーシップによって回避できたが、自分のネットワークから知り得た企業に対して、「建設会社である以上、(住宅系の実績やノウハウでも)工場の設計ができる」と思い込んでいたことに落とし穴があった。
確かに一級建築士(※)の資格があれば、法律上は住宅や公共施設、工場、病院など、どんな建物であっても設計することは可能である。しかし、実際に建てられるかどうかは、知識や経験によって大きく左右される。
例えば、食品工場では衛生レベルが異なる作業空間への移動の際には前室を設け、そこで手洗いやエアシャワーによる清浄化をできるようにするのが常道である。「人」「物」「空気」の動きに留意する必要があり、移動による虫やほこりなどの異物混入、温湿度の差による結露・カビの発生を防ぐような工夫が求められる。
ところが、A社による設計図には前室がなかった。食材の冷蔵保存から洗浄、乾燥、検品の各工程の作業室が、まるで学校の教室のように工場中央部にある廊下を挟んで配置されていたのである。
これでは、廊下から作業室へ入るときにほこりや汚れが持ち込まれる「交差汚染」が非常に高い確率で発生する危険性がある。
そもそも、工場・倉庫建設では不要な廊下や壁はなるべく排除したい。床面積の大小はコストに直結するからだ。しかし、住宅やオフィスビルを得意とする建設会社は「建物に廊下は必須である」という固定観念をもっている傾向があり、今回の場合もおそらく無意識に設置していたと考えられる。
※ 一級建築士…わが国の建築分野における最上位の資格とされる。建築士法に拠って国家資格として定められている。建築設計は建築士の独占業務であり、誰でも設計できるわけではない。法的には一級建築士はあらゆる建築物を設計できる。学校、病院、劇場、観覧場、公会堂、集会場、映画館、百貨店などの大規模な建築物は、一級建築士にしか取り扱うことができない。