リーマンショックのときの「派遣切り」や「雇い止め」の原因は、「新自由主義」の下での規制改革にあると考える人々がいる。しかし、派遣解禁などの規制緩和こそが「消費者の利益を増大させ、雇用を増やした」のだと前日銀副総裁・岩田規久男氏は解説する。 ※本連載は、書籍『「日本型格差社会」からの脱却』(光文社)より一部を抜粋・再編集したものです。
「雇用が悪化した理由」の“誤解”…タクシー規制緩和は、運転手の生活を「滅茶苦茶にした」か【前日銀副総裁が解説】 ※写真はイメージです/PIXTA

「京都のタクシー」現在の姿からは想像できない過去

ところで、タクシーの規制緩和後の事故率であるが、統計で見ると、規制緩和で事故率が上昇したことは確認されない。当時タクシーを利用していた著者も、事故率が上がったと実感することはなく、むしろ運転の質は向上したのではないかと感じている。

 

そこで、私的な話で恐縮であるが、規制緩和の前後で著者の身に起きたことについて、タクシーの規制緩和前とその後の事故率に関することなので、お話しすることをお許しいただきたい。

 

タクシーの規制が緩和される以前の京都のタクシーは、MKタクシー以外は、運転が実に乱暴だった。京都では繁華街を除いて、夜になると信号が赤の点滅信号(一旦停止)と黄色の点滅信号(注意進行)に変わる。

 

ある晩、著者が夜になってから、嵐山観光を終えてホテルに戻るときに乗ったタクシーが、交差点の真ん中で、あわや衝突という目にあい、命拾いしたことがある。どちらかの運転手が一旦停止しなかったか、注意進行しなかったか、どちらも交通規則を守らなかったかのいずれかである。

 

あわや衝突しそうになったタクシーの運転手は、著者に「これしきのことで驚いてたまるか」と叫んだが、このときも、それ以後、一層運転が乱暴になることを恐れて、黙っているしかなかった。

 

ところが、タクシー規制が緩和された後に、京都のタクシーはMKタクシー以外でも、運転が安全運転に変わっただけでなく、運転手が親切に観光案内し、顧客の荷物をトランクから出し入れするようになった。

 

タクシー規制の緩和で競争が強化されたため、MKタクシーのように安全運転でないタクシー会社の無線利用者が大幅に減ったため、規制緩和反対者の主張とは逆に、タクシーのサービスの質は向上したのである。

 

タクシーの規制緩和後、タクシー台数が増加し、東京の多くのタクシー会社で、高齢者雇用が顕著に増加し、年間所得が東京のタクシー運転手の半分未満だった地方中小都市の運転手が東京に流入して、彼らの所得は増加した。仮に、タクシー台数が制限されたままであれば、地方の失業率はさらに高くなったと考えられる(八田達夫[2009]530‐531頁)。