リーマンショックのときの「派遣切り」や「雇い止め」の原因は、「新自由主義」の下での規制改革にあると考える人々がいる。しかし、派遣解禁などの規制緩和こそが「消費者の利益を増大させ、雇用を増やした」のだと前日銀副総裁・岩田規久男氏は解説する。 ※本連載は、書籍『「日本型格差社会」からの脱却』(光文社)より一部を抜粋・再編集したものです。
「雇用が悪化した理由」の“誤解”…タクシー規制緩和は、運転手の生活を「滅茶苦茶にした」か【前日銀副総裁が解説】 ※写真はイメージです/PIXTA

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非正規社員の急増は「規制緩和のせい」という“誤解”

1990年代に非正規社員が急増したのは、デフレのためではなく、規制緩和のせいであるという主張が根強く存在する。マスメディアを含め、少なからぬ数の人々が、小泉純一郎政権による2004年の「製造業における労働者派遣事業の解禁」が非正規社員を増大させ、08年のリーマン・ショックにおける大量の「派遣切り」を引き起こした、と批判している。

 

しかし、非正規社員比率は1990年代以降、一貫して上昇しており、その究極的原因は、日銀のデフレ政策によりマクロ経済が需要不足状態になり、その結果、雇用市場で超過供給(企業側の買い手市場)=雇用の需要不足が続いたからである。

 

財政政策も1990年代はストップ・アンド・ゴーを繰り返し、アベノミクス期は緊縮的で、日銀の「量的・質的金融緩和」の効果を阻害した。

 

デフレにより、雇用需要が減少すると、日本的雇用慣行の下では、正規社員を解雇することは困難であるから、景気に応じて雇用調整ができる非正規社員が増えるのは、当然の帰結である。

 

仮に、製造業における労働者派遣事業を禁止し続ければ、製造業の非正規社員採用が減少し、企業の海外への生産拠点移動を促進したであろう。製造業の海外移転が進めば、非正規社員だけでなく、正規社員も減少した(つまりは、正規社員が退職しても補充しなかったり、2000年代前半に起きたようなリストラが一層進んだ)であろう。

タクシーの参入規制緩和が「業界を滅茶苦茶にした」?

2002年の道路運送法改正によるタクシーの参入規制緩和も、タクシーの運転手の待遇が悪化し、過労運転による安全性・サービスの質の低下などを招いたという強い批判がある。

 

著者はタクシーの参入規制が緩和された当時、乗車したタクシーの運転手が「八田って野郎がタクシー業界を滅茶苦茶にした」と怒りを爆発する場面にであったことがある。

 

八田とは、八田達夫アジア成長研究所(AGI)理事長・所長(電力・ガス取引監視等委員会委員長、国家戦略特区諮問会議議員、国家戦略特区ワーキンググループ座長)のことで、タクシーの参入規制緩和をはじめ、多くの規制改革に携わった著者の親友であるから、このタクシー運転手の怒りの言葉にはびっくりした。

 

しかし、著者がこの運転手に反論すれば、どんなに危ない運転をされるか分からないので、黙っているしかなかった。