「生い立ち」「出会い」「出来事」の3要素から導かれる「価値観」が、概念的なものであるのに対し、「豊かさカード」の配置は、その価値観の概念が、経済・精神・時間・肉体のどの尺度と関係が深いかを示すものといえるでしょう。
たとえば、経済的に恵まれなかった生い立ちを持ち、裸一貫から巨万の富を築いた人物の自伝に出合って感銘を受け、「お金に不自由しない生き方をしたい」という「価値観」を持つに至った人は、経済的自由の優先度がいちばん高く、精神的自由・時間的自由は下位に位置するかもしれません。
また、利他的な精神を持つ親に強く影響を受け、発展途上国を旅して、経済的には恵まれなくても、互いに助け合って生きている人々と出会った経験を持ち、「世の中のためになることをしたい」という「価値観」を胸に抱いた人は、逆に精神的自由の優先度が最上位で、経済的自由は最下位になるかもしれません。
カードの配置は自分の内面を〝見える化〞します。それを自分で確認するだけでなく、他の人にも見てもらい、感想を聞くのもいいでしょう。新たな発見があるはずです。
また、カードの配置は年代によって順位が変わる可能性もあります。自分が20代のときはどうだったか、30代のころは何を優先したか、自分の価値観の変遷を考えることもおすすめします。
「価値観」のイメージを言葉に表してみる
自分の心の糧や生き方の指針として「大切に思っている」ことのイメージが浮かんだら、簡潔に言葉で表現してみると、「人生テーマ」がわかりやすく頭に入ってきます。
このときは単語(キーワード)を導くとともに、短めの文章に表してみると心に強く焼きつくでしょう。
知識創造理論を提唱する世界的な経営学者である野中郁次郎・一橋大学名誉教授の理論によれば、人間が生み出す知のあり方は、「暗黙知」と「形式知」の2つの側面に分けることができるといいます。
暗黙知は、言葉や文章で表現することが難しい主観的な知で、個人が経験に基づいて暗黙のうちに持つものです。思いや信念、身体に染み込んだ熟練やノウハウなどは、典型的な暗黙知です。
一方、形式知とは、言葉や文章で表現できる明示的で客観的な知のことです。そして、新たな知識創造の源泉は、暗黙知にあると説きます。
暗黙知を言葉や文章で表し、形式知に変換する。すると、かかわりのあるさまざまな知と結びついて、より豊かな物語が生まれる。それをもとに実践することにより、暗黙知がより豊かになる。これが知識創造のスパイラルなプロセスです。
個人の「価値観」は、いわば暗黙知です。それを簡潔な文章で表してみる。たとえば、精神的自由や時間的自由を最優先する人の「価値観」をキャッチフレーズ的に表現すると次のような感じになるでしょう。
「お金のため、会社のために人生を費やしたくない。一瞬一瞬が熱く燃えるようなやりがいのある仕事をしたい!」
こうして暗黙知を形式知に変換すると、自分とかかわりのある「やりがいのある仕事」が次々と出てくる。それを実践することで、「価値観」が膨らんでいき、「人生テーマ」が明確になっていきます。
「豊かさカード」の順位が年代によって変わる可能性があるように、「価値観」を表すキャッチフレーズも、20代、30代のころと、40〜50代では変化しているかもしれません。大切なのは、その変遷をたどりながら、いまの「価値観」を明らかにし、「人生テーマ」を確認することです。
久恒 啓一
多摩大学名誉教授・宮城大学名誉教