上質なカトラリーも、ゲスト用にせず普段使いに
最近僕はお正月用の漆器を倉庫から取り出し、リビングキャビネットにディスプレイしている。こうしておくと、自然とうつわが目に留まる。
これは食卓で使ううつわでありながら、エレガンスの極みのような工芸品でもある。特に惹かれるのは、三段重ねのお重だ。これは祖母よりもっと前の時代から伝わってきたものだ。百年以上の時が流れていながら、漆の色は今もなお深みがあり、つややかなのだ。
「美しいものだな」と眺めているうちに、僕の心が動き始めた。
さて、どんな料理を盛ってみようか。
「ハレの日だけ使う」という日本の奥ゆかしい風習に、僕は長いこと敬意を払ってきた。だが、人生は短い。もう少し日常的に使って、親しんでもいいのではないか。
僕の生家では、「普段使いこそいいものを」という考えが浸透していた。
毎晩の食卓にデンマークのナイフとフォーク、スプーンがセットされていた。このカトラリーは特別なお客様が来たときだけ出す、という考え方もある。しかし両親は、普段からその使い心地を楽しみ、使ったあとは磨き上げ、たとえ傷がつこうとも気にすることはなかった。
道具は飾るものではなく、使うものだ。上質なものを使っていくことで、日常を豊かにしていたのだと思う。戦時中に悲惨な光景を目にしていたからこそ、普段から心を潤す大切さを知っていたのだ。
この漆器もそのうち、ゲストとともに楽しむ夜がくるはずだ。しばらくは僕が日常のなかで、当たり前のように使っていきたいと思う。酒杯にお酒を注いでは口を運び、あるいは酒肴を添えて。そうやって普段の生活のなかに馴染んでいくうちに、僕の心はゆっくりと、やわらかくなっていく。
優美で品格のある生活は、「お金」からは生まれない
豊かな暮らしには優美さと品格、つまりはエレガンスが感じられる。「エレガンスな生活」と言われると、「相当なお金をかけているんでしょう。わたしには無理だわ」と諦めてしまう人がいる。
小さなアパートでも、予算が足りなくとも、そこを居心地よくして自分の空間にする工夫はできる。それこそが、僕が考えるエレガンスだ。むしろお金のあるほうが見苦しい空間になることだって大いにある。
僕が若い頃の話をしたい。アメリカから帰国して家内と一緒に決めた新居が、駒沢大学駅から少し歩いた住宅街にあった。今も暮らしている場所だ。
当時はここに、中古の木造民家が建っていた。これがどうにも居心地が悪い。建物にいろんな素材が使われていて、組み合わせが気持ち悪いし、室内がいつも暗い。今いる家も間接照明で決して明るくはないけど、その家の暗さは、なんだかじっとりとした感じがあって、僕には合わないところが多かった。
本当は建て替えたいけど、当時の僕らにはお金がなかった。壁と柱を取り、ビームを入れてリフォームし、また、仕方なく屋根を抜いたり天窓をこしらえたりして、コツコツと直していったものだ。
そんな日々が続いていたある日、僕は「そうだ、白く塗ってしまおう」と思い立った。
学生時代一緒だった友達に「ペンキパーティーをしよう」と声をかけたら、みんな面白がって、10人ほど集まった。
僕らは朝から10人分のごはんを用意して仲間を迎えた。家のあちこちに白いペンキ缶と刷毛が置いてある。1日かかって家は真っ白になった。僕らは大いに助かったし、友達も楽しんでくれた。今でもペンキパーティーのことを思い出すと心が温かくなる。
「お金がないからできない」と思いがちだけど、こんなふうに工夫次第でなんとでもなるものだ。ビジョンがあれば工夫が生まれ、技術は自然とついてくるものだと、僕はあのペンキパーティーから学んだのだった。
田村 昌紀
SEMPRE DESIGN 代表取締役会長
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